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2018年9月7日

引札と浮世絵の競演展

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引札も浮世絵も主に版画(木版画、石版画 )であり最終形は多色刷りである。

引札には製法において浮世絵技術が活かされている。

 

浮世絵はもともと江戸時代の庶民にとって関心ある情報を伝達するためのメディア的側面をも有しており(特に名所絵)、広告物として活躍していたものもあった。

 

一方 引札は江戸時代に始まり明治で最盛期を向え、商店、問屋、仲買、製造販売元などのために作られた広告、チラシの類であった。そして広告、宣伝のための道具というだけでなく、生活の中に笑いや遊びを取り入れようとした一種のエンターテインメントでもあり、また庶民の情報源(よってメディア的側面を有する)でもあった。

 

浮世絵も引札も当時の時代考証的資料の価値を有し、また どちらも美術的価値を有することは言うまでもない。

 

大きな概念から言えば、引札は浮世絵の一種と言えよう。

 

以上を踏まえて この両者を大正ロマン溢れる当館の中で とくと見比べてお楽しみください。

 

当展示は、平成30年9月7日(金)から12月5日(水)まで。

 

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2018年7月22日

歴史と伝統文化講演会 ー 加賀百万石の漆芸の歴史

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今年度で第5回目の実施となる尾張町商店街「歴史と伝統文化講演会」の、平成30年度第3回目(今年度は全部で10回シリーズ)の「加賀百万石の漆芸の歴史 ・ お茶のお話」と題した講演会は7月21日(土)、岡 能久 氏( 株式会社 能作 代表取締役会長 )を講師にお招きし、多数の方の参加のもと、盛大に開催されました。

 

株式会社 能作は、創業200有余年の、うるし・漆器の製造販売を手がけてこられた 大老舗です。 本日の講師を務められた岡 能久さんは、その「能作」の七代目にあたる方です。 現在は同社の代表取締役 会長さんを務められています。

 

ネットで得た知識ですが、岡さんは、東京で大学生活を送られ、卒業後、京都に ある日本一の漆器店に就職され、東京支店配属となり、そこで業績を上げられ、その後、 金沢のお父様から呼び出しがかかり、漆器の店を任せられ、今日の「能作」を築き上げられた、 とあります。

いわば東京、京都、金沢の三都の文化を吸収されたわけです。 このことが、「京蒔絵」、「江戸蒔絵」、「加賀蒔絵」を客観的に評価する際の 審美眼にもつながったのでしょうね。

金沢に戻られてからは、社業の傍ら、漆産業・金沢漆器や加賀百万石の伝統文化、 茶道や能楽の振興に努められ、また金沢の中心街のまちづくりにも腐心されておられます。

 

本日の講演は、冒頭 ㈱能作さん制作にかかるビデオ「金沢漆器」を映写されて、皆を 金沢漆器の世界にぐいと引き込んでから始められました。

 

「京蒔絵」、「江戸蒔絵」、「加賀蒔絵」の特色、それぞれの違い、また この石川にあっては 輪島、山中、金沢が漆器産地ですが、これらの間の製法の違い、特色、を詳らかに 説明して頂きました。 沈金と蒔絵の違いや、各分野における様々な「名工」たちのお話もされました。 とくに、金沢の蒔絵のゴージャスさ、品のよさを力説されました。

 

また、石川在住の人間国宝8人中4人は漆芸の方である、とのことを誇らしげに語られました。

時おりしも、文化審議会が20日、重要無形文化財保持者(人間国宝)に 沈金の山岸一男氏(輪島市河井町)ら3人を認定するよう、林芳正文部科学相に答申した との喜ばしいニュースがあったばかりです、とも語られました。

 

漆産業に携わる人々の生活基盤の安定、当産業の発展、ひいては工芸王国 金沢、石川の 文化的発展を希求する(岡さんの)心情溢れる講演となりました。

 

金沢の漆器、蒔絵がよりいっそう身近なものになった講演でした。

 

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次回は、9月15日(土)「 加賀百万石と前田家 ~ 前田家三代と加賀八家」(講師:観光ボランティアガイドまいどさん 中田 廉子(やすこ)さん )です。

中田さんは、様々な場所で、歴史・文学関連の講義・講演をされておられます。

わかりやすい、明快な講演が きっと皆様の心の奥底に届くことでしょう。

乞うご期待 !

2018年6月21日

なつかし・おもしろ団扇(うちわ)展

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かつて 商店、会社などの 夏における広告・宣伝媒体として隆盛を極めた

団扇。

主に昭和の時代の団扇( 42本 )を展示しました。

団扇には表、裏の両面があります。別々の絵柄だったり、絵柄が片面、もう片面が

商店名、商品名だったり。

係員に申し出て頂ければ、ショーケースから取り出しますので 手にとってご覧いただけます。

( 鳩の形をした「鳩団扇」や、水につけて気化熱で涼む「水団扇」などの珍しいものも展示しています。 )

北向きに建ち 夏でも涼しい当館の中で、人々に涼しさを届けた団扇たちを眺めて

眼からも涼んで行って下さい。

 

協力 松田文華堂 様  綿谷小作薬局 様

 

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展示期間は、平成30年6月22日(金)~ 平成30年9月5日(水)まで

2018年6月17日

歴史と伝統文化講演会 ー 近江町の不思議Ⅲ

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今年度で第5回目の実施となる尾張町商店街「歴史と伝統文化講演会」の、平成30年度第2回目(今年度は全部で10回シリーズ)の「近江町の不思議Ⅲ」と題した講演会は6月16日(土)、石田 順一 氏( 金沢中央信用組合 常勤監事 )を講師にお招きし、たいへん多数の方の参加のもと、盛大に開催されました。

 

上近江町にあります金沢中央信用組合 常勤監事の石田順一さんの、本講演会ご登壇は、先の、徳田秋声記念館・学芸員の薮田先生同様 3回目となります。

過去の2回における近江町にまつわる不思議な話、市場の変遷、近江町に対する金沢市民の支持・愛着の高まり行く過程、等々の講演が、近江町というものを様々な角度から解明してくれたことでした。

 

さて、そういうわけでこの講演も回を重ねて3回目。

 

石田さんの近江町シリーズが、今回のⅢで終了するのか それとも次のⅣをご準備されているのか分かりませんが、なんとなく 今回のⅢでひとまずの区切りのような感の講演でした。

このⅢを近江町シリーズの集大成となすがごとく講演は進んだのです。

 

前回の講演で提起された、謎として残された部分のうちの判明したことの説明から 入り、「近江町市場の中にある金沢市指定史跡」(西内惣構跡)、近江町市場の 「アーケード」構築の経緯、苦労話、三八豪雪時、横安江町商店街のアーケードは倒壊したが、近江町の場合、開閉式 なるがゆえに難をまぬがれたエピソード、「共栄会 記録綴」から垣間見える 昔の近江町の様子、表情を面白く語って頂きました。

さらに昭和41年、魚問屋10社が統合して西念の金沢市中央卸売市場が構築され近江町市場が大きく変遷したこと、大口水産の設立者である「荒井 知行」さんの、その伝説をもとにした偉業、を語って頂きました。

 

近江町市場の歴史面、地理面、人物史面、設備面、市場としての機能面、 その中で働く人々の様子、他方の、客である金沢市民の様子、等々さまざまな 局面から近江町という存在を、丹念に調べあげた資料、当時を知る人たちへのインタビュー、 などの豊富なデータをもとにして解明されました。

その結果を石田さんは我々聴衆に惜しげもなく披露されたのでした。

 

今回で石田さんの近江町シリーズは一旦終焉するかの感があります。 この3回シリーズは、氏の旺盛な好奇心と、苦難に面してもめげない忍耐強さ、 たゆまぬ調査、研究心のたまものであったと拝察いたします。

 

市民に心から親しまれ、観光客に金沢の魅力を発信し続けている近江町は、いまそこに “ぽっと” 存在しているわけではありません。

幾多の歴史を重ね、風雪に耐え、その時代時代の人たちの、かけがえのない努力・尽力で 今があるわけなのです。 そんなことを石田さんは熱弁をもって我々に示してくれました。 3回を通して我々に一番伝わったのは、彼の持つ「近江町に対する深い愛情」だったのではないでしょうか。

 

「西内惣構」の話のところでの、「・・・敵が高い土居を見上げて『・・・どいね・・』、堀があって『・・・ほり見たことか・・』 、アーケードを設ける計画の当初、何か参考になるものはないかと「何かないけ」、富山の総曲輪商店街を参考例として出すときの 「・・・こんなのが『あっけど・・』・・・」というくだり、など石田さん一流の “だじゃれ” をまじえての話術は、我々の心になごみとなって響いたことでした。

「共栄会 記録綴」のなかに(昭和29年頃の話ですが)、1日(青果の休日)、8日(鮮魚の休日)、露天商が市場に 入り込んでいかがわしいものを売っているのを自治協会が取り締まるわけですが、近江町でもそういった露天商の 「啖呵売」が聞けたときがあったかもしれない、というくだりのところで石田さん、興に乗って一部ですが一席吟じました・・・ 「・・・いいかねお客さん。角は一流デパート、赤木屋 黒木屋 白木屋さんで、紅白粉(べにおしろい)つけたお姐ちゃんから、 ください頂戴で頂きますと、五千が六千、七千、八千、一万円はする品物だが今日はそれだけくださいとは言わない!・・・」 と、映画「男はつらいよ」の寅さん(渥美 清)の啖呵売を。

会場の一部から一陣の風のごとく拍手が巻き起こりました。

この、お客さんを楽しませたい、という心持も石田さんの真骨頂のひとつなのでした。

 

 

次回は、7月21日(土)「 加賀百万石の漆芸の歴史 お茶のお話」(講師:株式会社 能作 代表取締役会長 岡 能久(よしひさ)さん )です。

漆・漆器の老舗 「能作」の、岡 能久さんの講演です。

きっと含蓄に富んだお話が展開されることでしょう。

楽しみですね。

2018年5月20日

歴史と伝統文化講演会 ー 秋聲文学とのつきあい方

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今年度で第5回目の実施となる尾張町商店街「歴史と伝統文化講演会」の、平成30年度第1回目(今年度は全部で10回シリーズ)の「 秋聲文学とのつきあい方 」と題した講演会は5月19日(土)、薮田 由梨 氏(徳田秋聲記念館・学芸員)を講師にお招きし、5月とは思えぬ寒中にもかかわらず多数の方の参加を頂き、ここ尾張町老舗交流館にて開催致しました。

 

薮田先生の、当講演会での お話はこれで3回目です。

第1回目は平成28年5月に 「 金沢の三文豪 」というテーマで、また 第2回目となる昨年7月には「 詩人 中原中也 」というテーマで講演して頂きました。

いずれも参加者全員の心にしみわたる珠玉の名講演でした。

郷土の生んだ三文豪、金沢とのゆかりある中原中也、の人物描写、文学的特徴・技法・背景を存分に語って頂いたことがまだ記憶に新しいところです。

 

薮田先生ご登壇に対する皆の熱い思いが、今回の、第3回目の講演実現という運びになった次第です。

 

一般に、三文豪の中で一番地味だと受け取られている「秋聲」文学。

 

この「秋聲」文学への いざない に腐心されたのが今回の薮田先生の講演でした。

今回 先生は本日の任務が、秋聲文学の特徴紹介・読み方紹介と決心されていたようで 「折鞄」、「過ぎゆく日」、「リボン」、「好奇心」の四つの作品を例にとり、秋聲文学の読み方、 味わい方、を明快に解説され、皆(聴衆)を徳田秋聲ワールドに導いていただきました。

とくに、この「折鞄」なる作品に出会って先生はたいへんな衝撃を受けたそうです。 この作品で先生は秋聲文学の魅力に気づかれ、秋聲の読み方を会得された、とのことでした。

ロマンも、耽美も、感極まるストーリー展開もない「自然主義文学」ではあるが、それの極致を行く「秋聲文学」の持つすごさを感得したのがこの作品とのことでした。

この作品中の、妻の死に接したときの描写の、あまりにもの「あっさりさ」に先生は秋聲文学の (自然主義文学の)真骨頂を見出されたとのこと。

「 急に消え去るのが 人の死 」だと。

 

高橋 勲 監督の、スタジオジブリ制作のアニメ「おもいでぽろぽろ」に先生は「秋聲」性を感じた というようなことをおっしゃっていました。

何という薮田先生の感性の素晴らしさ、その文学観の秀逸さ、・・・ 講演終了後 「秋聲 」は早く手にとって読みたし、「おもいでぽろぽろ」はビデオを借りてきて再び見たし、 との思いにかられたのは私(筆者)だけだったでしょうか。

 

先生の手にかかり、ちょっとわかりにくい「自然主義文学」、「秋聲文学」の良さが、皆の前に開陳されたのです。

 

何の虚飾もなく、淡々と、ありのままを述べる「秋聲文学」には、読者のその時々の心境、立場、の違いによる 解釈の多様性を許容する程度が大きいのだ・・・というような趣旨のことを述べられたような気がします。

自然主義文学を代表する秋聲文学は、ありのままの、生身の人間の真実に迫っているのだ、いろんな様々な 人間の境遇、立場をすべて描写し分けていて、人間に対する(ほんとうの)「慈しみの眼」が秋聲文学には 籠められているのだ、という理解に私(筆者)は至りました。

秋聲文学は「地味」との印象がありますが、その「地味」は味読すれば「滋味」に繋がり、人物には秋聲の「慈眼」が そこかしこに注がれているようで、この意味で「慈味」という要素もあるのではないでしょうか。

 

本日 先生は、「秋聲文学 」のエッセンスのいっぱい詰まった玉手箱を少し開けて、皆に紹介されたわけです。

 

先生の(声楽的にいえば)アルトともメゾソプラノともいえる心地よい声で 、まるでそよ風を吹き渡すがごとく、秋聲文学のエッセンスの香りを、超満員となった館内中にもたらして頂きました。

薮田先生、ほんとうに有難うございました。

 

さて次回は、6月16日(土)。

こちらも3回目のご登壇となる石田順一さんです。

いよいよ「近江町不思議」シリーズも煮詰まってきて、そのⅢを迎えます。

さて どんな興味・興趣ある話が展開されるやら、乞うご期待。

 

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2018年3月23日

金沢商家の銅版画展 Ⅱ ( 明治21年 )

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明治21年の、金沢商家の銅版画展(複製)を昨年末 ~ 本年初に行いましたが、

好評につき、レイアウトを変えて再び展示しました( 103店舗 )。

( 出典は明治21年出版の「石川県下商工便覧」)。

当館の、常設展示の「尾張町」部分( 26店舗 )と合わせての展示となります。

展示の銅版画に対応する「引札」も数点展示しました。

当館の、大正ロマン香る雰囲気の中で ご覧ください。

展示期間は、平成30年3月24日(土)~ 平成30年6月20日(水)まで。

 

 

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2018年3月15日

尾張町商店街 第5回「歴史と伝統文化講演会」のお知らせ

第5回歴史と伝統文化講演会

お申し込みはお電話もしくは下記チラシをダウンロードの上FAXにてお申し込み下さい。
尾張町商店街 第5回歴史と伝統文化講演会

2018年2月1日

卯辰山工芸工房展 PART27

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今回は「陶芸」、「金工」、「ガラス」3部門の作品群の展示です。

「陶芸」は、松永 慶 氏、柳井 友一 氏 の、「金工」は、野畠 万記子 氏、田口 典子 氏

の、「ガラス」は、吉田 美枝 氏、大迫 友紀 氏の 作品です。

優美に満ちた作品、華麗でもあり、それでいて凛々しさを漂わせている作品 達が皆様

方のご来館をお待ちしています。

「金沢卯辰山工芸工房展 PART 27」は

平成30年2月2日(金)から 3月22日(木)までの期間において開催。

 

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2017年12月17日

歴史と伝統文化講演会 ー 私の襲名

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今年度で第4回目の実施となる尾張町商店街「歴史と伝統文化講演会」の、平成29年度第7回目(今年度は全部で7回シリーズ。その最終回)の「私の襲名 」と題した講演会は12月16日(土)、第十一代 大樋 長左衛門 氏を講師にお招きし、悪天候にもかかわらずたいへん多数の方の参加のもと、ここ尾張町老舗交流館にて開催致しました。

 

皆さんご存知の、陶芸家・デザイナーとしてご活躍の大樋年雄さんは、平成28年1月に 十一代 大樋長左衛門を襲名されました。

 

そして本日、当 尾張町老舗交流館にて講演して頂いたのです。

 

十一代目 長左衛門 氏の本日の講演を私はとてもとても正確には 伝え切れません。

 

氏の講演があまりにも濃密で、エネルギッシュで、ポジティヴで、まるで煮えたぎる マグマの噴出する活火山のごとくで、1時間半もの間 圧倒されっぱなしで、 はたまた たぎりたつ瀧にうたれたかのようで、茫然自失・・・メモをとる手もしばし滞って 、私も聴衆の皆様も氏の熱気に当てられっぱなしで、講演が終わったころには皆の体内に 多大なエネルギーが充填されつくされたことだと思います。 その代わりに冷静さを失って話の仔細をメモできなかったというのが私の正直な気持ちです。

( 氏の話は、叡智およびエネルギーに満ち満ちている点、フランクな語り口であるという点に大きな特徴がありました。 堅苦しさというものが皆無でした。よって以後、長左衛門 氏と記す代わりに、失礼を省みず、年雄さんと記させていただきます。 )

 

年雄さんの本日の講演は、あまた多くのスライドによる情報量の多さ、話の転回の素早さ、広範囲にわたる内容の 多様性、そしてテーマが目まぐるしく推移して行く、といった観を呈していました。

 

しかし、後からこれらを想起するに、すべて起承転結を踏まえていたことが分かります。 すべてがその時々において 話としては一つの説示に収斂していく・・・・そういった講演でした。

 

話の本筋として、仙叟宗室の来沢を起源とする、当地での大樋焼の萌芽、開花、 金沢における裏千家茶道の発達・浸透、これらの重々しい伝統というものに対する年雄さんのレジスタンス(勿論、基本ルール は踏まえてのものです。)、新しい分野への挑戦(守・破・離)、金沢工芸の新しい飛躍をはかるべくの挑戦、といった ものを縦糸とし、風水学、日想観、「侘び寂び」の日本的感性、五感を研ぎ澄ました後に得られる第六感、等々の、 思想的、宗教的、哲学的なもの、非常なる感性的なるもの、 を横糸として展開された、と思いました。

 

世界へ飛び出て展覧会をやるときには、あえてPOORな環境にわが身をおいて( ex 安宿に泊まる、とか )臨む、といった 米映画「ロッキー」的処し方をすることにより、わが身をチャレンジャーの立場に置くのだ、というお話には、きらめく功多き 年雄さんにおいてすらそうなのか、と感動させられました。

 

すごい人ですね !!!

 

それにしても年雄さん、カッコ良くてイカシてましたね。

 

本日の講演、心から感謝です。

 

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平成29年度(平成29年4月~30年3月)の尾張町商店街「歴史と伝統文化講演会」はこれにて終了いたしました。

平成30年度の講演会企画につきましては、来春にチラシを発行し、及び当ホームページにてもお伝えいたします。

お楽しみにお待ちいただきたく存じます。

乞うご期待 !!!

2017年11月19日

歴史と伝統文化講演会 ー 近江町の不思議Ⅱ

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今年度で第4回目の実施となる尾張町商店街「歴史と伝統文化講演会」の、平成29年度第6回目(今年度は全部で7回シリーズ)の「近江町の不思議Ⅱ ー 知られざる近江町市場の話 」と題した講演会は11月18日(土)、石田 順一 氏( 金沢中央信用組合 常勤監事 )を講師にお招きし、悪天候にもかかわらずたいへん多数の方の参加のもと、ここ尾張町老舗交流館にて開催致しました。

 

本日の講師を勤められましたのは、 上近江町にあります金沢中央信用組合 常勤監事の石田順一さんです。

今年の3月18日に、「近江町の不思議」と題してご登壇頂きました あの 石田 順一さんです。 前回の、ユーモアをまじえた、分かりやすい講演が大好評を博したのは 記憶に新しいところです。

今回は「そのⅡ」として、さらに近江町の市場の成り立ち、役割を 様々な資料に当たり、事情通の、多岐にわたる人たちへのインタビューを 経ての綿密な調査により、近江町市場をダイナミックに浮き彫りにされました。

 

近江町がいつから「近江町市場」になり、「近江町市場」がいつから「金沢市民の台所」 となったのか、という大変興味深いテーマが今回の「Ⅱ」の内容でした。

 

この「Ⅱ」は先回の「Ⅰ」との繋がりが深いため、石田さんは「Ⅰ」のおさらいを さらっとやって下さいました。

 

「・・・お配りした資料は2枚目までで、私を含めれば3枚目ですけど・・・」 といったジョークから始められ、ここで皆、石田ワールドに引き込まれてしまって、 氏の語り、説明の巧みさに心地よく乗せられ、終着の1時間半後があっという間でした。

 

◎近江町がいつごろから近江町市場になったのか。

 

その淵源をどこに採るかによって市場としての開始時期が異なると 説明されました。 14世紀の今市村の今市を始まりとするか、1546年の金沢御堂時代の寺内町としての「近江町」にこれを求めるか、 1580年代の青草辻での朝市が立った時期とするか、他地区の市場を集めた1721年とするか、等々 史実を 丹念にたどった諸説を展開されました。

 

こういった講義の中にも氏は、8箇所の入り口を挙げて、近江町市場の正面入口はどこ?という問いを出し 市民の生活に密着している近江町市場の開かれたあり方( 正解は全部の入口が正面入口とのこと ) を面白おかしく紹介され、マニアックに傾きがちな講義に柔軟剤をまじえられました。

 

◎近江町市場がいつごろから「金沢市民の台所」と言われだしたか。

 

昭和はおろか大正時代にまで遡って各新聞を丹念に調べられて、どうやら昭和10年代初め頃からと 突き止められました。

この事実からも、長い期間に亘っての、近江町市場の親しまれている有様が伺えるわけです。

 

◎このほかにも、近江町に関する古写真を示して、それが撮られた時代を究明されるプロセス、手法に 皆 感嘆、感心しきりでした。

 

さまざまな角度、切り口からの近江町市場の浮き彫りでした。

いたるところでジョークをまじえての講演は、参加者の脳を適度にほぐし、和らげ、理解促進の 一助となったことです。

 

お約束の1時間半は瞬く間に過ぎ去りました。

終了後、質問は出ませんでした。

なぜですって ???

それは石田さんの講義が微に入り細を穿ち、すべてが克明な説明で語りつくされ、 皆の理解・納得が100パーセントに到達したからなのでしょう。

前回同様、やんややんやの拍手・喝采で終演したことは言うまでもありません。

早くも「Ⅲ」が待ち望まれます。

 

次回は、12月16日(土)「 私の襲名 」と題する 第十一代 大樋長左衛門 氏 の講演です。皆様、お楽しみに !!!

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