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2020年7月8日

(歴史の一コマとして)明治天皇御大喪儀展(絵葉書の拡大コピー)

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明治天皇御大喪関連の画像(絵葉書の拡大コピー9枚(A3版))の寄贈を受けましたので、
明治11年(1878年)の、明治天皇北陸東海巡幸のときの「御巡行御行列並びに御供官員略表 御通筋拝見人心得」と合わせて展示しました。
 
明治45年(1912年)明治天皇は崩御され、同年9月13日に大喪儀(葬儀)が大日本帝国陸軍練兵所(青山練兵所。現在の明治神宮外苑)にて執り行われ、9月14日に伏見桃山陵に埋葬されました。
 
掲示した画は、皇居を出発し、青山での葬儀、陵(みささぎ)を設けた伏見桃山に向けて、青山仮駅から発車するまでの大喪の流れを示しています。
 
我が国が、旧来の幕藩体制を脱却し、近代的な立憲君主国家へとなっていく過程を生きてこられた明治天皇。

日本が日清、日露の大戦に勝利し、諸外国から近代国家として認知され、西洋列強との不平等条約を改正し、列強の一員となりえたのは、明治天皇の大きな求心力としての存在があったからに外なりません。
 
このような明治天皇の「御成徳」に思いをはせてみましょう。
 
展示期間は、令和2年7月8日(水)~9月2日(水)までの予定
 
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2020年6月26日

明治初期の、尾張町界隈の「引札」展示

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令和2年6月24日、当館に明治初期の頃の「引札」がお目見えしました。

引札は全部で24枚あり、いずれも尾張町周辺の商店のもの。
 

24枚とも、整然と屏風に貼られており、見やすくなっています。

金沢の好事家の方の収集になるものを、最近 尾張町が手に入れ、当館にやってきたわけです。

当館ではこれまでも何回か「引札」展なるものを開催しましたが、このような明治初期の

ものは初めてです。

これら引札の表象する商店は、尾張町以外に、橋場町、博労町、十間町、中町、今町、石浦町、

袋町、安江町、近江町、堤町、片町、彦三、兼六公園内、香林坊 と多岐にわたっています。

なにぶん、そうとうの年数を経ているため古色蒼然たる趣があり、当館の雰囲気に

一層の興趣を添えることと思います。

どうぞご来館いただき、ご覧くださいませ。

( 常設展示の予定 )
 

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2020年3月14日

加賀てまり・絵手紙展

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徳川家から前田家にお輿入れした珠姫ゆかり とも言われている歴史ある「加賀てま
り」、花柄模様、幾何学模様の、目を見張るほどの煌びやかな「加賀てまり」、
精緻な技巧の中にも優美さを宿す「加賀てまり」。

 

藩政期からの伝統を伝える、江戸時代後期の「加賀てまり」も展示してあります。

 

また、尾張町・松田文華堂(アジア民族楽器館)の店頭を飾った風流な、四季折々の「絵手紙」も合わせて展示致しました。

 

「加賀てまり」、「絵手紙」両者の多彩な「色合い」、「風情」の競演もお楽しみいただけたら、と思います。

展示期間は令和2年3月14日(土) ~ 9月2日(水)まで。

( 協力:東山・綿谷小作薬局 様  尾張町・木村 様)

 

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2020年3月4日

3月21日の、歴史と伝統文化講演会 中止のお知らせ

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3月21日(土)予定の「尾張町商店街 歴史と伝統文化講演会」は、新型コロナウイ

 

ルス感染拡大防止のため中止とさせて頂きます。

 

皆で耐えて、この暗い霧が晴れるのを待ちましょう。

 

緑かがやく5月には、この「尾張町商店街 歴史と伝統文化講演会」がまた開けますよ

 

う心から願います。

 

そのときにはまた 皆さんの明るい笑顔に出会えますよう、祈念します。

 

「尾張町商店街 歴史と伝統文化講演会」のこと、ず~っと お忘れなきようお願い申し

 

上げます。

2020年2月16日

歴史と伝統文化講演会 ー 「 加賀藩主 前田家の隠居政治 」

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今年度で第6回目の実施となる尾張町商店街「歴史と伝統文化講演会」の、令和1年度第9回目(今年度は全部で10回シリーズ)の「 加賀藩主 前田家の隠居政治 」と題した講演会は令和2年2月15日(土)木越 隆三 さん (石川県金沢城調査研究所 所長)を講師にお招きし、多数の方の参加のもと、盛大に開催されました。

 

加賀藩政史を中心とした日本近世史のスペシャリスト 木越先生が本日の講師です。先生は「加賀藩改作法」研究などの分野においても第一人者です。

また、NHKブラタモリの金沢編のときに、タモリ・桑子さんご両人の案内役を見事につとめられ、歴史マニア以外の人たちの間にも大いにその存在を知らしめられた、その木越さんです。

 

 

本日のテーマは「加賀藩前田家の隠居政治」というものですが、斯界に通じている方以外は落語などに出てくる、気のいい「ご隠居さん」などのイメージが浮かぶかもしれません。
しかし、「前田家の隠居」というテーマなのですから、そんな気軽な「ご隠居さん」なわけはないだろう、との推測のもとに(少なくとも筆者は)講義を拝聴しました。
(まさにその通りで、加賀藩という大藩の(政)まつりごとを執り行うお殿様の「隠居」ですから庶民の「隠居」とは大違いでした。藩政の実権掌握が伴っており、実質的には藩政を執り行っている場合もあったのです。)
 

前田家14代において、7人が隠居をしたそうです。

 

歴史上の大立者の、信長、秀吉、家康の三人とも隠居し、その隠居後に数々の偉業を成し遂げた、と木越先生は説明されました。

 

元来、隠居(大名隠居)は、封建的主従関係からの離脱ですから、素直に許される性質ものではないのですが、大名の長寿化、無嗣・養子の家の家督相続の円滑化を図るため等もあり、1651年以降からは、隠居大名が増えたようです。

 

先にも述べたように、前田家においては、14代のうち、7人が隠居をしています。
穏当な隠居政治が多かった前田家ではありましたが、3代・利常と10代・重教の場合は異例であったようです。
ということで、木越先生の本日の講演は、利常の隠居政治、重教の隠居政治にフォーカスを当ててのものでした。

 

ということで利常の隠居です。
なぜ利常が47歳の若さで隠居したのか、について先生は
前田家4代の光高は、将軍家光の実の甥であり、家光からの信頼・寵愛が深く、このため利常に対する、将軍周辺からの隠居を望む空気があり、それを察しての利常の隠居ではなかったか、というような説明をされました。

 

大変納得ですね。とても明快な説明でした。

 

でも利常は、隠居後も実権を握り、藩政の政務を執り行ったのです。
藩主たる光高領は80万石でしたが、サイフは利常が握っていたようです。
利常は藩領を4分割した( 光高に80万石、次男利次に10万石(富山藩)、三男利治に7万石(大聖寺藩)、そして自分用に隠居領として22万石、というふうに )のですがそれはなぜか。

 

光高、利次、利治ともに将軍家光の実甥で、3兄弟とも江戸城殿中で
厚遇されており、次男、三男らへの分家は、このような将軍の思いを利常が察し、そのほうがお家安泰にもなるとの判断から出たもの、というような説明でした。

 

これまた先生の明快な解釈、説明でした。

 

疑問がすう~っと氷解された方も多かったのではないでしょうか。

 

その後、利常は、5代 綱紀のときも後見人として藩の政務を執り行い、農政改革である改作法を実施しているわけですね。

 

このように隠居の立場でありながら、積極的に藩政にかかわった利常と対比させるかたちで先生は重教の隠居を取り上げられました。
重教は兄の急死で(晴天の霹靂といった感じで)藩主の座が回って来、それも14歳という若年であったがために、藩主たる覚悟も乏しく、八家の画策した経済政策の失敗、宝暦9年の大火等もあり、藩財政は危機に陥り、藩主が嫌になり隠居を決意したということです。
このときは、一度仏門に入っていた弟 時次郎(治脩)を還俗させ、これに家督相続をしての隠居でした。

 

このように利常の隠居と重教の隠居はかなり特異の、両極にある事例です。

 

このような、江戸時代の大名の、隠居にいたる経緯、隠居政治の内実をお聞きして、殿様の苦労、大変さというものがよく伺い知れると同時に、主従性、家父長制の支配した封建制の時代の不合理、不条理がよく理解できた本日の講演でした。

 

本日の講演テーマのいずれの局面においても、木越先生の説明は、精緻かつ明快で
たいへん解りやすく、参加者一同、学びの多かった一日となりました。
心より感謝申し上げます。

 

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次回は、3月21日(土)、「 近代バイオテクノロジーの父「高峰譲吉のすべて」 」(講師:金沢ふるさと偉人館 学芸員 増山 仁 さん) です。

高峰賞でおなじみの、金沢の生んだ偉大な科学者であり国際人である「高峰譲吉」さんがテーマです。氏の功績、業績、人柄を存分に語って頂きます。

どうぞ皆様 お楽しみに !!!

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2020年1月19日

歴史と伝統文化講演会 ー 「 気軽に聞こう ~ 三味線和ライブ ~ 」

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今年度で第6回目の実施となる尾張町商店街「歴史と伝統文化講演会」の、令和1年度第8回目(今年度は全部で10回シリーズ)の「 気軽に聞こう ~ 三味線和ライブ ~ 」と題した講演会は令和2年1月18日(土)千本 民枝 さん (端唄千本流金沢分家師範 金沢千扇会会主)を講師にお招きし、多数の方の参加のもと、盛大に開催されました。

 

今回は令和2年になっての最初の講演会。 端唄、新内の奏者としてご活躍の千本 民枝さんのご登場です。 (端唄千本流金沢分家師範 金沢千扇会会主の千本 民枝さんです)。

 

タイトルは「気軽に聞こう ~ 三味線和ライブ ~」と銘打って行われました。

 

「和ライブ」です。そうです・・・全くの「ライブ」でした。

 

講演会そのものは、毎回毎回、講師の方の「ライブ」です。いずれも 当然のごとく100パーセントの、臨場感ある「ライブ」・・・なのですが、講師の方のパフォーマンスをともなったものとしてはその例は数少なかったのです。

 

過去に、藪先生の「能」のときは、藪先生の 素晴らしい実演があり、先回は、荒木さんの 「語り」の実演と瀬下さんの音楽ライブがありました。 いずれも、座学的な部分のみの公演ではなく、講師の方の「パフォーマンス」を伴ってのものでした。

 

そして今回は千本さんの、まさに極めつけの、全編にわたっての 文字通りのパフォーマンス「ライブ」。

 

本日、千本さんは画像でもおわかりのように、シックでありながら、それでいて あでやか、艶やかな和装のいでたち。

そして演じられたのが、これまた美声を駆使しての、粋で、艶っぽくて、情緒たっぷりの「新内節」、「端唄」の数々。

もちろん 三味の音に合わせた、日本情緒の極みを演出する講演でした。

 

あまりにも 「粋」で、「活き」で、まことにきっぷがよく 「千本さん」とお呼びするよりは 「いよっ! 民枝姐さん」 と声かけたくなるような 雰囲気をまとっておられました。

 

また千本さんは大事な相棒である「三味線」の説明をするに当たって、不慣れな人には楽器に触れさせてあげたり、お手製の簡易三味線を 用意されて皆に弾かせてあげたりして、講演にあたっての様々な工夫を凝らされていました。

本日の演目の殆どを網羅した歌詞カードを全員に配られたので、時折 心得のある方や、興の乗った方は 千本さんの美声に合わせて 唱和する場面もありました。

また、プロジェクターを使って、大野の「ご祖父母様」の影響でこの道に進まれたことを説明され、ゆかりの「大野小唄」、「千扇小唄」 なども披露されました。

 

千本さんの時折の、ジョークをまじえられての語りの「部分」では参加者の笑いを誘い、本日の「和ライブ」は 笑いの絶えない 言わば「笑い部」ともいえるほどの 和やかで心地よい 講演でした。

 

千本さんの心づくしの、この1時間半の講演は 真冬のこの時期だというのに 会場をさながら「春の宴」の場 と化したことでした。

 

日本情緒がたっぷり身に染みた 暖かい のどかな1時間半でした。

 

「民枝」姐さん 有難うございました。

これからも、皆に 情緒を 粋を 和みを ずっとずーっと届けてくださいませ。

 

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次回は、2月15日(土)、「 加賀藩主 前田家の隠居政治 」(講師:石川県金沢城調査研究所 所長 木越 隆三 さん) です。

前田家の藩主たちの、隠居後の立ち位置、権力関係、そして「政(まつりごと)」との関わり具合はどうであったのか。

このとても興味深い領域に、加賀藩政史を中心とした日本近世史のスペシャリスト 木越先生が切り込みます。

どうぞ皆様 お楽しみに !!!

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2019年12月22日

歴史と伝統文化講演会 ー 「 金沢昔語り~金沢弁で楽しむ昔ばなし」

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今年度で第6回目の実施となる尾張町商店街「歴史と伝統文化講演会」の、令和1年度第7回目(今年度は全部で10回シリーズ)の「 金沢昔語り~金沢弁で楽しむ昔話・飴買いゆうれい 他~ 」と題した講演会は令和1年12月21日(土)荒木 明日子 さん (金澤山本蓮寺寺庭婦人)を講師にお招きし、多数の方の参加のもと、盛大に開催されました。

 

荒木さんは「昔話の語り手」、「イラストレータ」、「金澤山(きんたくさん)本蓮寺(ほんれんじ)の寺庭婦人」などの、多彩なプロフィールでご活躍されていることは多くの人の知るところですが、近頃はそれに加えて(楽曲の)作詞家としても活躍の領域を拡げられています。

 

そんな荒木さんのご登場を仰いだ本日の講演会でした。

 

本日、荒木明日子さんは、講演会参加者の私たちに、大きなもの、大きな贈り物を届けてくださいました。それも二つも。

 

え!、それは何ですかって?

 

一つ目は、もちろん荒木さんの「昔語り」です。昔ばなし の語りです。

 

「飴買いゆうれい」、「お銀 こ金」、「貧乏神」、「笠地蔵」を情感たっぷりに聞かせて下さいました。

 

瞼を閉じて聞いていれば、情景が目に浮かびます。登場人物の表情が、周りの風景の色が、ありありと浮かびます。

この4つの話を荒木さんは「金沢弁」で語られました。金沢弁の「まろやかさ」「やさしさ」が話をいきいきさせます。

昔ばなしの合間に、荒木さん、尾張町開催ということで、尾張町小冊子シリーズの中の石野寿寿美さんの語り 、からの収録話から 大正中期の、尾張町商店街の繁華ぶり、その風情を「昔語り」ふうに紹介されました。もちろんこれも金沢弁で。

最後は、スロバキア民話の「12のつきのおくりもの」でした。これは全くの標準語で語られました。二十歳代を東京でお仕事された荒木さんですから 標準語はお手のもの。

 

いずれも、荒木さんの語りは、聴衆の心に染み入り、(悲しい話ですら)心がほんのり温まり、ほっとさせられるものばかり。

 

ここまでが、一つ。

 

二つ目は、(今回の講演会に友情出演された、「ガス屋」さんの社長さんである)「瀬下由浩」さんを我々に 届けてくれたこと。

 

瀬下さんは知る人ぞ知る、シンガーソングライターをもなさっておられる方で、本日はオリジナルの 「グランツ」、「夢のしずく」、「神様からの贈り物」の楽曲を生演奏で披露して下さいました。

 

最後の「神様からの贈り物」は、曲は瀬下さん作で、荒木さん作詞なのです。

 

いずれの歌も、皆をいたく感動させました。甘く、凛々しく、美しい歌声でのご披露で、そのメロディ、詩 ともども 皆の心の奥深いところに感動をもってスーッと届きました。

 

そう 荒木さんと瀬下さんのコラボレーションが鮮やかに決まった本日の講演会だったのです。

 

ところで瀬下さんは、「Kanazawa LaLa Story」というユニットをつくられて音楽活動をされています。

音楽で人の心に勇気、元気を与え、地域の活性化にも取り組まれているのだと思います。

 

ここで話はちょっと脱線しますが、当講演会に何度も講師をつとめられた「安藤 竜」さんを思い出します。

安藤さんは、歴史研究のお仲間たちと、「楽 la storia locare (らく ラ ストリア ロカーレ と読む)」 というユニットを立ち上げて、幾多の素晴らしい活動をされています。

「歴史のストーリーで地域を活性化する」というのがコンセプトの一つ、と聞いています。

 

どちらも、音楽か、歴史かの違いはあれど、人を励まし、勇気づけ、人に誇りを与え、そして地域の活性化に尽力する、 という点で似通っていますね。そしてさらに その名前 ― ユニット名はどうでしょう・・・「Kanazawa LaLa Story」と「楽 la storia locare 」。

これも似ていませんか。ほんとに似ていますよね !!!

 

荒木さんと瀬下さんのコラボのすばらしさを通して、人と人の協力、協同することの素晴らしさも学ばせて頂いた今日の 講演会でした。

「Kanazawa LaLa Story」と「楽 la storia locare 」の各ユニットの中でも、メンバー同志の間の素敵なコラボ(協力、協調)が あるのでしょうね。

 

 

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以下、イラストの絵を用いて 「はてな? おいしいお正月」の”食べ物”当てクイズ

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オリジナルの歌を熱唱する「瀬下」さん

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最後の「12のつき(月)の贈り物」の語りのシーン

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次回は、明けて令和2年の1月18日(土)、端唄、新内の奏者としてご活躍の

千本 民枝さんのご登場です。

(端唄千本流金沢分家師範 金沢千扇会会主の千本 民枝さんが講師です)。

肩の力を抜いて、リラックスの境地で 楽しい、三味線の和やかな端唄ライブを

ご披露して下さいます。凛々しくも あでやかで そしてカッコいい千本さんの「芸」に酔いしれましょう。

どうぞ皆様 お楽しみに !!!*******************************************************************

 

2019年12月20日

松尾芭蕉「月さびよ」句文懐紙 展示

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当館における、今年(令和元年)7月19日から9月11日にかけての「奥の細道330年 義仲・巴・芭蕉展」及び 9月18日から令和2年2月末頃(予定)にかけての「研究千代女展」、の貴重な資料の提供主である、俳文学愛好家でもあり また 主にこれら俳文学に関わる古文書、古記録などの文書資料についての、稀代の収集家でもある、金沢市材木町在住・小笠泰一さん が、『正岡子規から得能 文に宛てた書簡』(得能 文は正岡子規と同年代の哲学者であり また金沢の俳壇でも名をなした 俳人)、及び、松尾芭蕉が若き日の明智光秀夫婦の姿を題材にしたためた「月さびよ」の『句文懐紙』を展示されました。

今 展示中の「加賀の千代女」関連の文書資料と合わせて、これら俳句の巨匠たちの世界に触れてみませんか。

 

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2019年11月17日

歴史と伝統文化講演会 ー 「 金沢を愛した室生犀星 」

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今年度で第6回目の実施となる尾張町商店街「歴史と伝統文化講演会」の、令和1年度第6回目(今年度は全部で10回シリーズ)の「 金沢を愛した室生犀星 」と題した講演会は令和1年11月16日(土)嶋田 亜砂子 さん (室生犀星記念館 学芸員)を講師にお招きし、多数の方の参加のもと、盛大に開催されました。

 

数十回を数える当講演会のそれぞれの講師の方々は、それぞれがご自分たちの述べたいこと、訴えたいことに 力点を置いたレジュメを用意されている。

今回の嶋田先生も、その例に漏れず、否、それ以上の 巧みなレジュメを用意されて来て、我々 聴衆を犀星理解の境地に 巧まざるして導いて下さいました。

 

今回の講演に参加した方々には、すでに犀星を充分に知悉した方もおられることでしょうが、殆どは犀星に少し触れた人、 あるいは殆ど読んだことがない人 が多かったと思われます。

嶋田先生は、講演中、犀星の、創作活動における多作ぶりを述べられました。俳句は約2000句、詩は約2000編、小説は約800編にも上るとのこと。 ( 他に随筆、評論、短歌もある )

かくも多作の犀星作品の中から、嶋田先生は、本日の講演のための 巧みなレジュメを我々に提示されたのです。

犀星についてほぼ素人の部類に属する参加者達にとっては、絶妙の(犀星作品からの)抄録でした。

 

先生は、犀星の年譜を基軸にして、犀星の恵まれない、苦難に満ちた幼少期、少年期を語り、上京後の、作家として立たんとする青年期における苦悩、葛藤を語られました。

このように年譜を追って、その節々での犀星の文学的成果を紹介されました。

 

俳句から始まり、詩、散文、随筆、小説へと至る文学的熟成の道程を説かれ、そして犀星文学の根源的下地は俳句修養から来ているのでは、 と説明されました。

 

犀星は、金沢と東京を行きつ戻りつ、その文学観においても 郷里の金沢と、(身を立てるに必須な文学修業が望める)東京とを行きつ戻りつしてたのでしょうか。

 

金沢の自然、四季の移ろい、 ことに(雪の世界の金沢の美しさ、雪の合間の金沢の空の美しさ、その身に染む清冽な雪 の時期のあとの よろず命の蘇生なる早春の候のよろこび・・・これらの、自然の廻りの横溢する「金沢」への憧憬の念が 犀星において常に在ったことだろう、と 先生の話を聞いて私(筆者)は思いました。

 

嶋田先生の、紹介になる犀星の随筆(「書斎で思ふこと」)の中の、「わけても大雪になればなるほど、その晴れ上がった爽やかに濃く藍青な空の色は、どの国土にも見られない美しさを見せて ・・・・・」などの叙述は、雪国のこの地の冬をも深く愛でる犀星の心持が如実に伝わって来るような気がします。

「抒情小曲集」覚書に見られる、郷里・金沢に対する賛美の思い、が犀星の「金沢」を愛する気持ちを佳く伝えています。

 

本日の演題「金沢を愛した室生犀星」は、嶋田先生によって、かくのごとく、犀星の心に存した「金沢愛」を色濃く提示してくれました。

室生犀星作詞にかかる県内の学校の校歌はあまたあります。

いずれも郷土・金沢に注がれた「愛」が基調になっていることが見てとれます。

「金沢」に注ぐ深い「愛」の持ち主が犀星さんだとすれば、作家「犀星」に注がれる澄んだ「愛」の持ち主こそは、嶋田亜砂子さんなのでしょうね。

 

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次回は、12月21日(土)「 金沢昔語り ~金沢弁で楽しむ昔話・飴買いゆうれい 他~ 」(講師:金澤山本蓮寺 寺庭婦人 昔話の語り手  荒木明日子さん)です。

「昔話の語り手」、「イラストレータ」、「金澤山(きんたくさん)本蓮寺(ほんれんじ)の寺庭婦人」などの、多彩なプロフィールでご活躍の荒木明日子さんのご登場です。

エンターテインメント精神溢れる荒木さん、きっと皆さんを心底から楽しませて下さることでしょう。

また当日は、実業家であり、またシンガーソングライターでもある ご友人の「瀬下由浩」さんも駆けつけて頂き、荒木さん作詞、瀬下さん作曲の お歌のご披露も予定しております。

どうぞ皆様 お楽しみに !!!********************************************************************

2019年11月6日

歴史と伝統文化講演会 特別編 ー 「 観光金沢と旧城下町の茶屋街」

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近現代の地域史、産業史のスペシャリストとしてご活躍の、金沢星稜大学教授・本康先生の特別講演が、尾張町商店街「歴史と伝統文化講演会」の特別編として11月3日(日)文化の日、多数の参加者出席のもと、ここ尾張町老舗交流館にて行われました。

 

本康先生には、本年6月、NHK金沢局制作の「かがのとイブニング」という番組にご出演いただき、当館の展示資料をもとに、金沢市制130年というテーマで語って頂いたのが記憶に新しいところです。

 

本日の演題は「観光金沢と旧城下町の茶屋街」という、皆知っているようで しかしその歴史的背景の深淵、詳細は意外と知らないところで 皆興味津々の1時間半でした。

 

東、西、主計町の三茶屋街。言わずと知れた金沢の重要かつ貴重な観光地です。

 

今日、このように繁栄、隆盛を極めるに至ったこれら三茶屋街の、観光資源となりうるに至った 足跡、変遷を、史実を丹念になぞり、本日 本康先生は克明に明らかにして下さいました。

 

講演の概要は以下のごとくであったと思われます。

 

茶屋街には、ハード面として、美しい景観の茶屋街の建物群、ソフト面として、麗しくもあでやかな金沢芸妓の魅せる おもてなしの文化、があるわけですが、江戸時代から今日に至るまでの間においては藩政、行政の、これらに対する統制の歴史、そして これらを観光資源と見立てた行政等による保護、支援の歴史があったわけです。

 

このような藩政、行政による統制、行政等による保護・支援はこれら茶屋街に存した「光」と「影」に対応するものでした。

 

昭和7年金沢で開かれた「産業と観光の大博覧会」をきっかけとしての、金沢芸妓文化の観光資産化への道程をも 詳しく語って頂きました。

 

知っているようで知らない三茶屋街についての成り立ちのプロセス、歴史についての奥深いところが皆に明らかになりました。

 

本康先生の、深い研究の一端のご披露により、参加者の皆において、とてつもない深い学びの講演会になったことでした。

 

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