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2020年3月14日

加賀てまり・絵手紙展

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徳川家から前田家にお輿入れした珠姫ゆかり とも言われている歴史ある「加賀てま
り」、花柄模様、幾何学模様の、目を見張るほどの煌びやかな「加賀てまり」、
精緻な技巧の中にも優美さを宿す「加賀てまり」。

 

藩政期からの伝統を伝える、江戸時代後期の「加賀てまり」も展示してあります。

 

また、尾張町・松田文華堂(アジア民族楽器館)の店頭を飾った風流な、四季折々の「絵手紙」も合わせて展示致しました。

 

「加賀てまり」、「絵手紙」両者の多彩な「色合い」、「風情」の競演もお楽しみいただけたら、と思います。

展示期間は令和2年3月14日(土) ~ 6月17日(水)まで。

( 協力:東山・綿谷小作薬局 様  尾張町・木村 様)

 

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2020年3月4日

3月21日の、歴史と伝統文化講演会 中止のお知らせ

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3月21日(土)予定の「尾張町商店街 歴史と伝統文化講演会」は、新型コロナウイ

 

ルス感染拡大防止のため中止とさせて頂きます。

 

皆で耐えて、この暗い霧が晴れるのを待ちましょう。

 

緑かがやく5月には、この「尾張町商店街 歴史と伝統文化講演会」がまた開けますよ

 

う心から願います。

 

そのときにはまた 皆さんの明るい笑顔に出会えますよう、祈念します。

 

「尾張町商店街 歴史と伝統文化講演会」のこと、ず~っと お忘れなきようお願い申し

 

上げます。

2020年2月16日

歴史と伝統文化講演会 ー 「 加賀藩主 前田家の隠居政治 」

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今年度で第6回目の実施となる尾張町商店街「歴史と伝統文化講演会」の、令和1年度第9回目(今年度は全部で10回シリーズ)の「 加賀藩主 前田家の隠居政治 」と題した講演会は令和2年2月15日(土)木越 隆三 さん (石川県金沢城調査研究所 所長)を講師にお招きし、多数の方の参加のもと、盛大に開催されました。

 

加賀藩政史を中心とした日本近世史のスペシャリスト 木越先生が本日の講師です。先生は「加賀藩改作法」研究などの分野においても第一人者です。

また、NHKブラタモリの金沢編のときに、タモリ・桑子さんご両人の案内役を見事につとめられ、歴史マニア以外の人たちの間にも大いにその存在を知らしめられた、その木越さんです。

 

 

本日のテーマは「加賀藩前田家の隠居政治」というものですが、斯界に通じている方以外は落語などに出てくる、気のいい「ご隠居さん」などのイメージが浮かぶかもしれません。
しかし、「前田家の隠居」というテーマなのですから、そんな気軽な「ご隠居さん」なわけはないだろう、との推測のもとに(少なくとも筆者は)講義を拝聴しました。
(まさにその通りで、加賀藩という大藩の(政)まつりごとを執り行うお殿様の「隠居」ですから庶民の「隠居」とは大違いでした。藩政の実権掌握が伴っており、実質的には藩政を執り行っている場合もあったのです。)
 

前田家14代において、7人が隠居をしたそうです。

 

歴史上の大立者の、信長、秀吉、家康の三人とも隠居し、その隠居後に数々の偉業を成し遂げた、と木越先生は説明されました。

 

元来、隠居(大名隠居)は、封建的主従関係からの離脱ですから、素直に許される性質ものではないのですが、大名の長寿化、無嗣・養子の家の家督相続の円滑化を図るため等もあり、1651年以降からは、隠居大名が増えたようです。

 

先にも述べたように、前田家においては、14代のうち、7人が隠居をしています。
穏当な隠居政治が多かった前田家ではありましたが、3代・利常と10代・重教の場合は異例であったようです。
ということで、木越先生の本日の講演は、利常の隠居政治、重教の隠居政治にフォーカスを当ててのものでした。

 

ということで利常の隠居です。
なぜ利常が47歳の若さで隠居したのか、について先生は
前田家4代の光高は、将軍家光の実の甥であり、家光からの信頼・寵愛が深く、このため利常に対する、将軍周辺からの隠居を望む空気があり、それを察しての利常の隠居ではなかったか、というような説明をされました。

 

大変納得ですね。とても明快な説明でした。

 

でも利常は、隠居後も実権を握り、藩政の政務を執り行ったのです。
藩主たる光高領は80万石でしたが、サイフは利常が握っていたようです。
利常は藩領を4分割した( 光高に80万石、次男利次に10万石(富山藩)、三男利治に7万石(大聖寺藩)、そして自分用に隠居領として22万石、というふうに )のですがそれはなぜか。

 

光高、利次、利治ともに将軍家光の実甥で、3兄弟とも江戸城殿中で
厚遇されており、次男、三男らへの分家は、このような将軍の思いを利常が察し、そのほうがお家安泰にもなるとの判断から出たもの、というような説明でした。

 

これまた先生の明快な解釈、説明でした。

 

疑問がすう~っと氷解された方も多かったのではないでしょうか。

 

その後、利常は、5代 綱紀のときも後見人として藩の政務を執り行い、農政改革である改作法を実施しているわけですね。

 

このように隠居の立場でありながら、積極的に藩政にかかわった利常と対比させるかたちで先生は重教の隠居を取り上げられました。
重教は兄の急死で(晴天の霹靂といった感じで)藩主の座が回って来、それも14歳という若年であったがために、藩主たる覚悟も乏しく、八家の画策した経済政策の失敗、宝暦9年の大火等もあり、藩財政は危機に陥り、藩主が嫌になり隠居を決意したということです。
このときは、一度仏門に入っていた弟 時次郎(治脩)を還俗させ、これに家督相続をしての隠居でした。

 

このように利常の隠居と重教の隠居はかなり特異の、両極にある事例です。

 

このような、江戸時代の大名の、隠居にいたる経緯、隠居政治の内実をお聞きして、殿様の苦労、大変さというものがよく伺い知れると同時に、主従性、家父長制の支配した封建制の時代の不合理、不条理がよく理解できた本日の講演でした。

 

本日の講演テーマのいずれの局面においても、木越先生の説明は、精緻かつ明快で
たいへん解りやすく、参加者一同、学びの多かった一日となりました。
心より感謝申し上げます。

 

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次回は、3月21日(土)、「 近代バイオテクノロジーの父「高峰譲吉のすべて」 」(講師:金沢ふるさと偉人館 学芸員 増山 仁 さん) です。

高峰賞でおなじみの、金沢の生んだ偉大な科学者であり国際人である「高峰譲吉」さんがテーマです。氏の功績、業績、人柄を存分に語って頂きます。

どうぞ皆様 お楽しみに !!!

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2020年1月19日

歴史と伝統文化講演会 ー 「 気軽に聞こう ~ 三味線和ライブ ~ 」

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今年度で第6回目の実施となる尾張町商店街「歴史と伝統文化講演会」の、令和1年度第8回目(今年度は全部で10回シリーズ)の「 気軽に聞こう ~ 三味線和ライブ ~ 」と題した講演会は令和2年1月18日(土)千本 民枝 さん (端唄千本流金沢分家師範 金沢千扇会会主)を講師にお招きし、多数の方の参加のもと、盛大に開催されました。

 

今回は令和2年になっての最初の講演会。 端唄、新内の奏者としてご活躍の千本 民枝さんのご登場です。 (端唄千本流金沢分家師範 金沢千扇会会主の千本 民枝さんです)。

 

タイトルは「気軽に聞こう ~ 三味線和ライブ ~」と銘打って行われました。

 

「和ライブ」です。そうです・・・全くの「ライブ」でした。

 

講演会そのものは、毎回毎回、講師の方の「ライブ」です。いずれも 当然のごとく100パーセントの、臨場感ある「ライブ」・・・なのですが、講師の方のパフォーマンスをともなったものとしてはその例は数少なかったのです。

 

過去に、藪先生の「能」のときは、藪先生の 素晴らしい実演があり、先回は、荒木さんの 「語り」の実演と瀬下さんの音楽ライブがありました。 いずれも、座学的な部分のみの公演ではなく、講師の方の「パフォーマンス」を伴ってのものでした。

 

そして今回は千本さんの、まさに極めつけの、全編にわたっての 文字通りのパフォーマンス「ライブ」。

 

本日、千本さんは画像でもおわかりのように、シックでありながら、それでいて あでやか、艶やかな和装のいでたち。

そして演じられたのが、これまた美声を駆使しての、粋で、艶っぽくて、情緒たっぷりの「新内節」、「端唄」の数々。

もちろん 三味の音に合わせた、日本情緒の極みを演出する講演でした。

 

あまりにも 「粋」で、「活き」で、まことにきっぷがよく 「千本さん」とお呼びするよりは 「いよっ! 民枝姐さん」 と声かけたくなるような 雰囲気をまとっておられました。

 

また千本さんは大事な相棒である「三味線」の説明をするに当たって、不慣れな人には楽器に触れさせてあげたり、お手製の簡易三味線を 用意されて皆に弾かせてあげたりして、講演にあたっての様々な工夫を凝らされていました。

本日の演目の殆どを網羅した歌詞カードを全員に配られたので、時折 心得のある方や、興の乗った方は 千本さんの美声に合わせて 唱和する場面もありました。

また、プロジェクターを使って、大野の「ご祖父母様」の影響でこの道に進まれたことを説明され、ゆかりの「大野小唄」、「千扇小唄」 なども披露されました。

 

千本さんの時折の、ジョークをまじえられての語りの「部分」では参加者の笑いを誘い、本日の「和ライブ」は 笑いの絶えない 言わば「笑い部」ともいえるほどの 和やかで心地よい 講演でした。

 

千本さんの心づくしの、この1時間半の講演は 真冬のこの時期だというのに 会場をさながら「春の宴」の場 と化したことでした。

 

日本情緒がたっぷり身に染みた 暖かい のどかな1時間半でした。

 

「民枝」姐さん 有難うございました。

これからも、皆に 情緒を 粋を 和みを ずっとずーっと届けてくださいませ。

 

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次回は、2月15日(土)、「 加賀藩主 前田家の隠居政治 」(講師:石川県金沢城調査研究所 所長 木越 隆三 さん) です。

前田家の藩主たちの、隠居後の立ち位置、権力関係、そして「政(まつりごと)」との関わり具合はどうであったのか。

このとても興味深い領域に、加賀藩政史を中心とした日本近世史のスペシャリスト 木越先生が切り込みます。

どうぞ皆様 お楽しみに !!!

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2019年12月22日

歴史と伝統文化講演会 ー 「 金沢昔語り~金沢弁で楽しむ昔ばなし」

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今年度で第6回目の実施となる尾張町商店街「歴史と伝統文化講演会」の、令和1年度第7回目(今年度は全部で10回シリーズ)の「 金沢昔語り~金沢弁で楽しむ昔話・飴買いゆうれい 他~ 」と題した講演会は令和1年12月21日(土)荒木 明日子 さん (金澤山本蓮寺寺庭婦人)を講師にお招きし、多数の方の参加のもと、盛大に開催されました。

 

荒木さんは「昔話の語り手」、「イラストレータ」、「金澤山(きんたくさん)本蓮寺(ほんれんじ)の寺庭婦人」などの、多彩なプロフィールでご活躍されていることは多くの人の知るところですが、近頃はそれに加えて(楽曲の)作詞家としても活躍の領域を拡げられています。

 

そんな荒木さんのご登場を仰いだ本日の講演会でした。

 

本日、荒木明日子さんは、講演会参加者の私たちに、大きなもの、大きな贈り物を届けてくださいました。それも二つも。

 

え!、それは何ですかって?

 

一つ目は、もちろん荒木さんの「昔語り」です。昔ばなし の語りです。

 

「飴買いゆうれい」、「お銀 こ金」、「貧乏神」、「笠地蔵」を情感たっぷりに聞かせて下さいました。

 

瞼を閉じて聞いていれば、情景が目に浮かびます。登場人物の表情が、周りの風景の色が、ありありと浮かびます。

この4つの話を荒木さんは「金沢弁」で語られました。金沢弁の「まろやかさ」「やさしさ」が話をいきいきさせます。

昔ばなしの合間に、荒木さん、尾張町開催ということで、尾張町小冊子シリーズの中の石野寿寿美さんの語り 、からの収録話から 大正中期の、尾張町商店街の繁華ぶり、その風情を「昔語り」ふうに紹介されました。もちろんこれも金沢弁で。

最後は、スロバキア民話の「12のつきのおくりもの」でした。これは全くの標準語で語られました。二十歳代を東京でお仕事された荒木さんですから 標準語はお手のもの。

 

いずれも、荒木さんの語りは、聴衆の心に染み入り、(悲しい話ですら)心がほんのり温まり、ほっとさせられるものばかり。

 

ここまでが、一つ。

 

二つ目は、(今回の講演会に友情出演された、「ガス屋」さんの社長さんである)「瀬下由浩」さんを我々に 届けてくれたこと。

 

瀬下さんは知る人ぞ知る、シンガーソングライターをもなさっておられる方で、本日はオリジナルの 「グランツ」、「夢のしずく」、「神様からの贈り物」の楽曲を生演奏で披露して下さいました。

 

最後の「神様からの贈り物」は、曲は瀬下さん作で、荒木さん作詞なのです。

 

いずれの歌も、皆をいたく感動させました。甘く、凛々しく、美しい歌声でのご披露で、そのメロディ、詩 ともども 皆の心の奥深いところに感動をもってスーッと届きました。

 

そう 荒木さんと瀬下さんのコラボレーションが鮮やかに決まった本日の講演会だったのです。

 

ところで瀬下さんは、「Kanazawa LaLa Story」というユニットをつくられて音楽活動をされています。

音楽で人の心に勇気、元気を与え、地域の活性化にも取り組まれているのだと思います。

 

ここで話はちょっと脱線しますが、当講演会に何度も講師をつとめられた「安藤 竜」さんを思い出します。

安藤さんは、歴史研究のお仲間たちと、「楽 la storia locare (らく ラ ストリア ロカーレ と読む)」 というユニットを立ち上げて、幾多の素晴らしい活動をされています。

「歴史のストーリーで地域を活性化する」というのがコンセプトの一つ、と聞いています。

 

どちらも、音楽か、歴史かの違いはあれど、人を励まし、勇気づけ、人に誇りを与え、そして地域の活性化に尽力する、 という点で似通っていますね。そしてさらに その名前 ― ユニット名はどうでしょう・・・「Kanazawa LaLa Story」と「楽 la storia locare 」。

これも似ていませんか。ほんとに似ていますよね !!!

 

荒木さんと瀬下さんのコラボのすばらしさを通して、人と人の協力、協同することの素晴らしさも学ばせて頂いた今日の 講演会でした。

「Kanazawa LaLa Story」と「楽 la storia locare 」の各ユニットの中でも、メンバー同志の間の素敵なコラボ(協力、協調)が あるのでしょうね。

 

 

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以下、イラストの絵を用いて 「はてな? おいしいお正月」の”食べ物”当てクイズ

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オリジナルの歌を熱唱する「瀬下」さん

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最後の「12のつき(月)の贈り物」の語りのシーン

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次回は、明けて令和2年の1月18日(土)、端唄、新内の奏者としてご活躍の

千本 民枝さんのご登場です。

(端唄千本流金沢分家師範 金沢千扇会会主の千本 民枝さんが講師です)。

肩の力を抜いて、リラックスの境地で 楽しい、三味線の和やかな端唄ライブを

ご披露して下さいます。凛々しくも あでやかで そしてカッコいい千本さんの「芸」に酔いしれましょう。

どうぞ皆様 お楽しみに !!!*******************************************************************

 

2019年12月20日

松尾芭蕉「月さびよ」句文懐紙 展示

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当館における、今年(令和元年)7月19日から9月11日にかけての「奥の細道330年 義仲・巴・芭蕉展」及び 9月18日から令和2年2月末頃(予定)にかけての「研究千代女展」、の貴重な資料の提供主である、俳文学愛好家でもあり また 主にこれら俳文学に関わる古文書、古記録などの文書資料についての、稀代の収集家でもある、金沢市材木町在住・小笠泰一さん が、『正岡子規から得能 文に宛てた書簡』(得能 文は正岡子規と同年代の哲学者であり また金沢の俳壇でも名をなした 俳人)、及び、松尾芭蕉が若き日の明智光秀夫婦の姿を題材にしたためた「月さびよ」の『句文懐紙』を展示されました。

今 展示中の「加賀の千代女」関連の文書資料と合わせて、これら俳句の巨匠たちの世界に触れてみませんか。

 

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2019年11月17日

歴史と伝統文化講演会 ー 「 金沢を愛した室生犀星 」

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今年度で第6回目の実施となる尾張町商店街「歴史と伝統文化講演会」の、令和1年度第6回目(今年度は全部で10回シリーズ)の「 金沢を愛した室生犀星 」と題した講演会は令和1年11月16日(土)嶋田 亜砂子 さん (室生犀星記念館 学芸員)を講師にお招きし、多数の方の参加のもと、盛大に開催されました。

 

数十回を数える当講演会のそれぞれの講師の方々は、それぞれがご自分たちの述べたいこと、訴えたいことに 力点を置いたレジュメを用意されている。

今回の嶋田先生も、その例に漏れず、否、それ以上の 巧みなレジュメを用意されて来て、我々 聴衆を犀星理解の境地に 巧まざるして導いて下さいました。

 

今回の講演に参加した方々には、すでに犀星を充分に知悉した方もおられることでしょうが、殆どは犀星に少し触れた人、 あるいは殆ど読んだことがない人 が多かったと思われます。

嶋田先生は、講演中、犀星の、創作活動における多作ぶりを述べられました。俳句は約2000句、詩は約2000編、小説は約800編にも上るとのこと。 ( 他に随筆、評論、短歌もある )

かくも多作の犀星作品の中から、嶋田先生は、本日の講演のための 巧みなレジュメを我々に提示されたのです。

犀星についてほぼ素人の部類に属する参加者達にとっては、絶妙の(犀星作品からの)抄録でした。

 

先生は、犀星の年譜を基軸にして、犀星の恵まれない、苦難に満ちた幼少期、少年期を語り、上京後の、作家として立たんとする青年期における苦悩、葛藤を語られました。

このように年譜を追って、その節々での犀星の文学的成果を紹介されました。

 

俳句から始まり、詩、散文、随筆、小説へと至る文学的熟成の道程を説かれ、そして犀星文学の根源的下地は俳句修養から来ているのでは、 と説明されました。

 

犀星は、金沢と東京を行きつ戻りつ、その文学観においても 郷里の金沢と、(身を立てるに必須な文学修業が望める)東京とを行きつ戻りつしてたのでしょうか。

 

金沢の自然、四季の移ろい、 ことに(雪の世界の金沢の美しさ、雪の合間の金沢の空の美しさ、その身に染む清冽な雪 の時期のあとの よろず命の蘇生なる早春の候のよろこび・・・これらの、自然の廻りの横溢する「金沢」への憧憬の念が 犀星において常に在ったことだろう、と 先生の話を聞いて私(筆者)は思いました。

 

嶋田先生の、紹介になる犀星の随筆(「書斎で思ふこと」)の中の、「わけても大雪になればなるほど、その晴れ上がった爽やかに濃く藍青な空の色は、どの国土にも見られない美しさを見せて ・・・・・」などの叙述は、雪国のこの地の冬をも深く愛でる犀星の心持が如実に伝わって来るような気がします。

「抒情小曲集」覚書に見られる、郷里・金沢に対する賛美の思い、が犀星の「金沢」を愛する気持ちを佳く伝えています。

 

本日の演題「金沢を愛した室生犀星」は、嶋田先生によって、かくのごとく、犀星の心に存した「金沢愛」を色濃く提示してくれました。

室生犀星作詞にかかる県内の学校の校歌はあまたあります。

いずれも郷土・金沢に注がれた「愛」が基調になっていることが見てとれます。

「金沢」に注ぐ深い「愛」の持ち主が犀星さんだとすれば、作家「犀星」に注がれる澄んだ「愛」の持ち主こそは、嶋田亜砂子さんなのでしょうね。

 

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次回は、12月21日(土)「 金沢昔語り ~金沢弁で楽しむ昔話・飴買いゆうれい 他~ 」(講師:金澤山本蓮寺 寺庭婦人 昔話の語り手  荒木明日子さん)です。

「昔話の語り手」、「イラストレータ」、「金澤山(きんたくさん)本蓮寺(ほんれんじ)の寺庭婦人」などの、多彩なプロフィールでご活躍の荒木明日子さんのご登場です。

エンターテインメント精神溢れる荒木さん、きっと皆さんを心底から楽しませて下さることでしょう。

また当日は、実業家であり、またシンガーソングライターでもある ご友人の「瀬下由浩」さんも駆けつけて頂き、荒木さん作詞、瀬下さん作曲の お歌のご披露も予定しております。

どうぞ皆様 お楽しみに !!!********************************************************************

2019年11月6日

歴史と伝統文化講演会 特別編 ー 「 観光金沢と旧城下町の茶屋街」

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近現代の地域史、産業史のスペシャリストとしてご活躍の、金沢星稜大学教授・本康先生の特別講演が、尾張町商店街「歴史と伝統文化講演会」の特別編として11月3日(日)文化の日、多数の参加者出席のもと、ここ尾張町老舗交流館にて行われました。

 

本康先生には、本年6月、NHK金沢局制作の「かがのとイブニング」という番組にご出演いただき、当館の展示資料をもとに、金沢市制130年というテーマで語って頂いたのが記憶に新しいところです。

 

本日の演題は「観光金沢と旧城下町の茶屋街」という、皆知っているようで しかしその歴史的背景の深淵、詳細は意外と知らないところで 皆興味津々の1時間半でした。

 

東、西、主計町の三茶屋街。言わずと知れた金沢の重要かつ貴重な観光地です。

 

今日、このように繁栄、隆盛を極めるに至ったこれら三茶屋街の、観光資源となりうるに至った 足跡、変遷を、史実を丹念になぞり、本日 本康先生は克明に明らかにして下さいました。

 

講演の概要は以下のごとくであったと思われます。

 

茶屋街には、ハード面として、美しい景観の茶屋街の建物群、ソフト面として、麗しくもあでやかな金沢芸妓の魅せる おもてなしの文化、があるわけですが、江戸時代から今日に至るまでの間においては藩政、行政の、これらに対する統制の歴史、そして これらを観光資源と見立てた行政等による保護、支援の歴史があったわけです。

 

このような藩政、行政による統制、行政等による保護・支援はこれら茶屋街に存した「光」と「影」に対応するものでした。

 

昭和7年金沢で開かれた「産業と観光の大博覧会」をきっかけとしての、金沢芸妓文化の観光資産化への道程をも 詳しく語って頂きました。

 

知っているようで知らない三茶屋街についての成り立ちのプロセス、歴史についての奥深いところが皆に明らかになりました。

 

本康先生の、深い研究の一端のご披露により、参加者の皆において、とてつもない深い学びの講演会になったことでした。

 

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2019年10月20日

歴史と伝統文化講演会 ー 「 伝統の中の独自性 ~ 九谷より世界へ ~」

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今年度で第6回目の実施となる尾張町商店街「歴史と伝統文化講演会」の、令和1年度第5回目(今年度は全部で10回シリーズ)の「 伝統の中の独自性 ~ 九谷より世界へ ~」と題した講演会は令和1年10月19日(土)四代 德田八十吉 さん (徳田八十吉陶房)を講師にお招きし、悪天候にもかかわらず多数の方の参加のもと、盛大に開催されました。

 

本日は、特別講演と称して、平成22年に、人間国宝であられた三代目の父君の後を襲名された四代 八十吉さんのご登壇を頂きました。

三代・父君と同様に、あの大英博物館での展示作品を生み出された四代 八十吉さんのご登場なのです。

 

四代 德田八十吉さんは( 以下 德田八十吉さんとだけ記す )、皆様ご承知のように、近時、病気を患われ、本日の講演も、病院から駆けつけて頂くという状況でした。

開口一番、「・・・何があっても、今日の講演は、今日の1時間30分は、ここへ来て、皆さんとの 講演の約束を果たさねば・・・の思い出やって来ました・・・」と語られました。

本当に感謝、感謝、感激です。

 

そうなのです。德田八十吉さんは今 病み上がりで体調は万全には程遠いのです。 お痩せになって、声も必死で絞り出すがごとくで、しかし、その分 魂の底から訴えかけるがごとくで 我々聴衆の心の奥底に届く講演でした。

 

本日、德田八十吉さんは、豊富な画像、あるいは、テレビで放映された数々の動画等を用いられて、徳田家代々の作品の特徴、 ご自分の作品についてのヴィジュアルな紹介、解説、八十吉さんの日ごろの創作活動、作品の展示活動、 八十吉さんご自身の人となり等々、を丁寧にご説明されました。

 

そして、 徳田家独自の 色の作製秘伝( 釉薬の調合 方法 )、德田八十吉さんの作風の特徴でもある「色の グラデーションの産み出し方」の秘訣等々をも 惜しげもなく語って頂きました。

 

また、ご自身の、九谷焼作家になられた経緯をお話になられました。

明治期から続く九谷焼の名門の長女として生まれ、幼い頃から父の背中を見て育ったが、 九谷焼作家になるとは思っておられず、普通に結婚し、家庭に入るという漠然とした将来像を抱いていたが、 ご自身のルーツを再確認し、九谷焼技術研修所を卒業後、作家としての道を歩み始められたこと、 父君の亡くなられた後、四代目を襲名し、戸籍名も順子から八十吉に改められたこと。

 

しかし、陶房の経営の困難にも直面し、陶房をやめようかと思った時があった、などの苦労話もされました。

 

また、八十吉さんは、20代の初め頃、NHK金沢のキャスターをおやりになっていたので、この尾張町界隈には 思い出がいっぱい、との回顧談もされました。

 

作品を産み出すにあたっての、モチーフとなったものにも話は及びました。

陶房前の田んぼで実りの秋を迎えて風に揺れる稲穂をヒントにした『瑞穂』のお話、 代表作のひとつでもある『昇龍』のモチーフとなったもののお話、”何億光年 輝く星にも寿命があると・・・・”の 歌いだしで始まる山口百恵さんの「さよならの向こう側」の歌などもモチーフになったことがある・・・・などなど。

 

ご自身の病気のことも語って頂きました。

闘病生活をご経験されて、八十吉さんのご自身の御身と重ね合わせるように、 次の詩を紹介なさいました。

 

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病気になったら 心ゆくまで感動しよう

食べられることがどれほどありがたいことか

歩けることがどんなにすばらしいことか

新しい朝を迎えるのがいかに尊いことか

忘れていた感謝のこころを取りもどし

この瞬間自分が存在している神秘

見過ごしていた当たり前のことに感動しよう

またとないチャンスをもらったのだ

いのちの不思議を味わうチャンスを

( 病気になったら (晴佐久 神父 作)  )

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八十吉さんの、死生観、覚悟を語って頂きました。

病を乗り越えられて、( リセットをして ) 今 また新しいスタートを切ったのだ・・・と。

塗り分け、重ね、その釉薬が流れて溶け合い、 その先に 神秘的にも あざやかに出現するグラデーション・・・

八十吉先生には、まだまだ その先を、そのまた先をこれからもずっと私たちに見せて頂けるように心からお願いいたします。

 

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次回は、11月16日(土)「 金沢を愛した室生犀星 」(講師:室生犀星記念館 学芸員 嶋田亜砂子さん)です。

本年度は、泉鏡花記念館の穴倉さん、徳田秋聲記念館の薮田さんが すでにご登壇されており三文豪記念館のお三方のそろい踏みとなるわけです。

犀星記念館の嶋田さんが、そのしんがりを務められることとなったわけです。

どのような「犀星」論を語っていただけるのか 楽しみですね !!!**********************************************************************

2019年9月22日

歴史と伝統文化講演会 ー 「 徳田秋聲を考える」

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今年度で第6回目の実施となる尾張町商店街「歴史と伝統文化講演会」の、令和1年度第4回目(今年度は全部で10回シリーズ)の「 徳田秋聲を考える」と題した講演会は令和1年9月21日(土)藪田 由梨 さん (徳田秋聲記念館 学芸員)を講師にお招きし、多数の方の参加のもと、盛大に開催されました。

 

藪田さんは 当講演会でのご登壇がついに4回目となりました。歴史家の「屋敷 道明」先生以外では最多のご登壇となります。藪田さんの お話を楽しみにされている方が多きゆえの、自然な帰結なのです。

 

薮田さんを通して「徳田秋聲」を聞くのか、「徳田秋聲」解説を介して「藪田さん」を聴くのか、どうもそこのところは境界が不分明となってきている感があります。(後者は、題材は何でもよいから とにかく「藪田さん」を聴きたい、というようなことです。)

4回目のご登壇ともなれば、「藪田さん」を聴きたい、「薮田さんの文学観」に触れたい、浸りたい、というのが第一義的に目的化してきている方もおられることでしょう。

 

そういうことで、薮田さんの講演は数えて4回目。

講演の内容も回を追うように深化しています。

 

先ずもって、予めお断りをさせて頂きたく存じます。

浅学菲才の私(筆者・報告者-老舗交流館の担当係員の私)ごときでは 薮田さんの、高度な内容を有する講演を詳らかにお伝えするにつき、なかなかのハードルの高さが 眼前に聳えているのを感じざるをえません。

この報告は、まったく文学的素養の乏しい私のなせる感想文でありまして、そこかしこに間違いが あるかもしれないことをお断りしておきます。 当ブログの読者諸氏、講演会の参加者の方々、薮田先生、におかれまして、あそこは違うよ、 そんなこと言ってないよ、なんてことがありましたら どうぞご指摘ください。速やかにこのブログの 訂正をいたしますゆえ。

 

4回目ご登壇の薮田さんは、4回目ということもあり、「徳田秋聲」をじっくり煮詰めた講義を なさいました。 講演後、参加者の感想がちらほら聞かれました。

「すごかったね、素晴らしかったね」、「・・・学問でしたね(大学で聴く講義みたい・・・の意)」。

まさに、円熟の講演だったと思います。

しかるに演者たる薮田さんはというと、依然と初々しく、まるで女学生然としていて、ずっと 永遠の、鮮やかな緑の初夏のごとき若やいだ乙女の体(てい)での講演でした。

講義内容の「円熟」と、薮田さんの帯びる「新鮮、初々しさ」との対比が、ことのほか 印象深い講演でした。

 

このような(上記の)対比あるいは対極とでもいいますか、そういった相反的なものが 講演の内容にも現れていました。

薮田さんは、かつて「中原中也記念館」に学芸員として勤められ、現在は「徳田秋聲記念館」の学芸員としての 立場におありです。

両巨人に通暁されている、得がたい方なのです。

そんな薮田さん、「秋聲を考える」という当講演で、天才「中原中也」を引用・引き合いに出されました。

 

中也作「酒場にて」中の、「ほがらか」という言辞を引き合いに出され、これを対称軸に「中也」と「秋聲」をそれぞれ 対極に位置させ、「秋聲」の特徴を抽出し、「秋聲」という人を炙り出されました。

本当に見事な技法であったと感嘆させられました。

 

中也の謂う「ほがらか」とは、他人に合わせる「ほがらか」とは違い、己の気持ち、感情に素直に己を発現させること、 というふうに筆者は受けとりました。他方、「秋聲的ほがらか」とは、他人の中で他人と旨くやって行くために ことによったら 己の真情をある程度抑制しての、旨く処世できるべき心の持ちよう、態度、であると受け取りました。

秋聲作品を巧みに引用しての、具体的な「ほがらか」さの表象事例をいくつか挙げられ、また、中也の「ほがらか」に対する アンビバレンツ的感情を表す詩を引用され、はたまた、(文学の)諸大家の「秋聲」評をも例示され、まことに立体的に、遠近的に 秋聲文学というもの、秋聲の文学的態度、というものを薮田さんは聴衆の眼前に詳らかにされたのです。

私(筆者)の理解が間違っていなければ、本日の薮田さんの講演はこのようなものだったのではないでしょうか。

 

中原中也と徳田秋聲の、人を見るときの眼の角度の違い、「ほがらか」観の違い、作家・文学者としての処世観の違い、 これらの対極の妙でもって 薮田さんは、秋聲も中也をも解き明かして下さったのです。

 

「秋聲」と「中也」の双極を知悉し、これを文学的糧にされている薮田さん・・・とても良いバランスの籠められた研究者さんなのですね。

薮田さんが斯界において ますます輝かれることを祈念してこの稿を締めさせて頂きます。

そして また次の機会があることを切望いたします。( 第5回目を )

 

斯界における「恒星」のような薮田さんの講演に接して、感嘆の思いがさめやらぬうちにこの稿を起こしました。 乱文、おゆるしを。

 

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次回は、10月19日(土)「 伝統の中の独自性」(講師:徳田八十吉陶房 四代 徳田 八十吉 さん)です。

かの 徳田八十吉 さんのご登場です。特別講演と銘打っての「四代 徳田八十吉」さんの

講演です。

どうぞ お楽しみに !!!

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