2014年12月5日
二人の大先達
Yさんが持ってこられた東京の新聞
少子高齢化と言われて久しい。そしてこの言葉からは殆どネガティブな印象しか伝わって来ない感がある。 確かに、少子化は社会の、未来の担い手不足という観点からは好ましくないことは言うまでもない。 では、高齢化という現象はNGなのか。
今回、ご登場願うお二人によって、高齢化ということのネガティブな面は否定される。
当館に、80歳のYさんと、70歳少々のNさんが常連さん的に よく来館される。 (70歳少々は、いまや高齢のうちの入らないのかもしれないが…。)
Yさんは当館のご近所の方である。今年の5月頃から来館されるようになった。 Yさんは過去のことはあまり話したがらないが、それでも詮索好きな私の話に応答してくださり 、石川県生まれ・育ちではあるが、ハイカラにも東京の高校に進まれ、大学も東京の名門をご卒業となり それからは、東京の新聞社に身を投じご活躍されたようである。 よって、政治・経済の該博な知識をお持ちで、確固たるご自分の意見を持っておられる。 石川県にはいつ戻って来られたかは知らない。
Yさんは、あまたの名所旧跡を巡り、また数々の市民大学的講座・勉強会に出席されている。 また、ほうぼうの山々に遊ぶ登山家でもある。従って、すこぶる健脚の持ち主である。 学生時代は、グライダー部に所属し、山どころか空までも漫歩された。
このYさんに敬服すべき点がもう一つある。彼は、80歳にしてパソコン教室に通い始めた。 もう半年以上となる。パソコンによる文書作成は殆どマスターされたそうな。 40の手習いどころの騒ぎではない。
Yさんは、直截にはおっしゃらないが、金沢というものをこよなく愛しているように見受けられる。 金沢をより魅力あらしめんがために、ときおり苦言も呈せられる。 たとえば、金沢という町は、歩くに不便なところが多いとおっしゃる。 1例をあげれば、1本の道路を横断するのに、横断歩道を3ヶ所渡らなければならないところがある。 金沢が新幹線到来を機に、ますます観光都市として飛躍するには、車のスムースな通行もさることながら 歩行者に対し快適な歩行環境を提供すべきだ、とおっしゃる。 金沢は、名所旧跡、遺構、文化施設が割とコンパクトな範囲にまとまって 点在していて、歩いてまわるに恰好な町のわりに、歩行者に優しい町ではない、と指摘される。 まことにごもっともな話である。 そんなYさんから先日、(上の写真)東京の新聞をいただいた。かつて在籍していた新聞社の先輩が 「お前の住んでいる町だろう」と言って送ってくれたそうだ。 Yさんはこれを勇んで持ってこられた。私を喜ばせようと思われたのだろう。ありがたく拝読させて頂いた。 寿屋の店主・山県さんの話を基軸とした尾張町界隈の頑張りを、東京の人に伝える記事であった。
一方のNさんも健脚の持ち主である。健康のために毎日、文化施設めぐりをされている。 当館にもそのついでに寄っていただいてもう1年以上となる。 こちらも 元 新聞社勤務の言論人である。よって天下国家には一家言をお持ちなのは勿論だが、 ともすれば話が生臭くなることもあるので、この手の話はあまりされない。
Nさんは、金沢検定中級をお持ちで、上級にトライされている勉強家である。よってその関連の 話は、最初の頃よくお聞きしていた。
だが最近の話題は専ら「遠藤」である。あの大相撲の遠藤である。 Nさんは元マスコミ人らしくスポーツも全般に詳しい。 Nさんは仕事の関係で、金沢学院東高校時代から遠藤をよく知っていた。 また東高校相撲部の監督をしていた大沢さんとも懇意である。 私も遠藤を高校時代から応援してたのでNさんとは話が合った。 Nさんは遠藤関が秋場所大きく負け越しした時は、親のように嘆き、落胆していた。 また2勝5敗から破竹の8連勝をしたときは、これまた親のように喜びをかみしめていた。 ただ私とNさんが普通のファンと違うのは、遠藤談義がちょっとした玄人筋な話に展開する点にある(自分でいうのも変だが…)。 ただ喜びあるいは嘆くのでなく、負けた時は負けた時の、勝ったときは勝った時の取り口を分析する。 秋場所は、相手の重圧に負けまいとしての立ち合いの低さ、攻めの早すぎること、取る廻しの位置のマズサが 敗因と断じ、九州場所後半の8連勝は立ち合いのほどよい高さ、当たる角度の良さ、立つときのタイミング(相手よりコンマ何秒か遅らせて立ち 、相手の前進する勢力をちょっと上向きに殺いで当たっている)の良さ、等々、が勝因と分析し 名解説者・舞の海さんも真っ青の話をしているのである。 この分析結果からもうかがい知れる通り、遠藤関がただの人気力士ではなく、相当な理論家であることがよ~く分かる。
Nさんに見せてもらった平成10年秋場所の番付表(元 小結 濱ノ嶋が大沢さんに宛てて送った番付表)
YさんNさん、ともに言論人であり、健脚の持ち主であり、そして表向き あまり強調されていないが 愛郷家である。 ご高齢であるが、向学心に富み、いつも気分は若く、そしてその豊富な経験・知識から含蓄のある話をされる。
一般的に言う、高齢ということで語られるネガティブな要素は、このお二人に関しては全く無縁なのだ。
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