尾張町 老舗交流館 ロゴマーク

尾張町ホームページへ

Archive

2024年2月
« 10月    
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
26272829  

2023年12月16日

藪田さん 迫真の、秋聲像への接近

P1010047

徳田秋聲記念館 学芸員 藪田由梨さんの講演も
今回で第6回目となりました。
当講演会においては勿論 ダントツの最多出演です。
いかに多くの方が藪田さんの講演を熱望、嘱望されているかの
証です。
 
今回(令和5年12月16日)は、「没後80年-秋聲を偲ぶ」という
テーマで講演をして頂きました。
 
ここで、今までの藪田さんの、当講演会でのテーマを辿ってみますと、
第1回目が「金沢の三文豪を知りたい」、第2回目が「中原中也と金沢」、
第3回目が「秋聲文学とのつきあい方」、第4回目が「徳田秋聲を考える」
となっており、前回の第5回目は「徳田秋聲の先進性~生誕150年を終えて~」
でした。
いずれの回も、「自然主義文学」というキーワードを用いられ、
時には文学的立場において対極にある中原中也との対比をもって秋聲文学を
解き明かす、といった講演をして頂いた、と解しています。
 
回を重ねるごとに「秋聲文学」、そして「徳田秋聲」の人となりに
ひたひたと迫り来る、といったようなテーマの進行具合のように見受けられます。
 
さて、前述のように今回のテーマは「没後80年-秋聲を偲ぶ」、という
秋聲さんを総括するような講演内容の予感がありました。
つまり、秋聲をまとめ上げるような・・・。
 
でも、そうではなかった、まとめるには まだまだ「秋聲」は奥深いのだ、まだまだ
面白いのだ、というのが筆者(講演会報告者:交流館 係員)の感想でした、
結論を申しあげれば。
 
「没後80年-秋聲を偲ぶ」というテーマにもある通り、徳田秋聲が世を去って
80年も経つのです。
 
そのくらい経つと、秋聲に対する評価、解釈はもはや動かしがたいものに
固定されてしまっていると考えられます、普通は。
 
そこのところに藪田さんは、本日は深いメスを入れられたかの感がしました。
 
はたしてそうなのか、今までの「秋聲」論は既成のものになって
久しく、固定化してしまっているのか、と。
 
以下に述べるは、筆者の感じ取った全くの、個人的見解に過ぎず、
誤解、曲解があるやもしれません。
そうであれば、平にお許しを。
 
整然とした、しかしその流れにおいて「秋聲」をダイナミックに我々に
示すが如き藪田さん提供のレジュメは、盛りだくさんの「秋聲」像を
本日、我々(聴衆)にもたらしてくれました。
 
今回は、「秋聲の発した追悼文(対 泉鏡花、夏目漱石、芥川龍之介、葛西善蔵)、
を通しての、彼らに対する秋聲からの評価」、また、「作品中に描写した
(父、長女、母、義母、妻)の死という事実に遭遇した時の、秋聲の心情、
その時抱いた心の起伏」、といったものを通して「秋聲」文学、「秋聲」という人物
の真相、に迫ろうとの試みだったような気がします。
藪田さんの、超一流の説明テクニックを駆使しての。
 
また、徳田一穂氏から見た、「秋聲」の死を通しての「秋聲」の小説観、
広津和郎を通しての、正宗白鳥の弔事に見る「徳田秋聲」評、「徳田秋聲」観、
川端康成の「徳田秋聲」評、「徳田秋聲」観、久米正雄、高見順、舟橋聖一、
の「徳田秋聲」評、「徳田秋聲」観、を怒涛の如く、藪田さんは紹介及び解説
されました。
 
秋聲文学を解明するキーワードとして、「事実の正確な凝視」、「現実性」、
「自然」、「自由」、「無礙」、「とらわれぬ、こと」、「天衣無縫」、が上げられる
のですが、これらのことがややもすれば「無技巧」、「無計画」という評価にも
帰結しそうです。
ところが舟橋聖一は秋聲作品を評して、「事実の正確な凝視」をしっかりした上で、
「自由闊達」に再編成という作業を経た芸術品である故、他の理想主義作家
より「想像力」を持っていた、と喝破しています。
 
秋聲は、作品中、無技巧で、無計画なふうを見せかけ、
しかしその実は「緻密」な計画性をもって創作に当たったのだ、
と本日 藪田さんは力説されたような気がします。
 
そうだとすると、「秋聲」の読み方は変えなければいけませんね、
そうすれば、もっと「秋聲」文学がわかるかも。
 
高見順の、「秋聲文学は難解、人生のように難解」、「海のように単調で複雑」、
という評もあるほどで、今までの通説的既成観念で秋聲を論ずることは
できないのだ、と思いました。
 
藪田さんが、「秋聲」文学の奥深き難解さを、心から楽しんでいるのでは
ないか、とさえ思えてきた今日でした。
 
藪田さんの、軽やかで、闊達で、リズミカルな語り口が、時として
子守歌ふうに筆者の耳を覆い、不覚にも講演中、「うつら」とした
瞬間がありました、数分ですが。
 
もしやその時、大事なことを聞き逃したのではないか、と悔やみながら
この報告を書いています。
もしそうであれば、お許しを。
 
話は余談になりますが、当報告を書くときに、筆者は
講師の方を「〇〇先生」と記すことが多いのですが、今回の報告では
「藪田さん」と書いてしまっています。今や、「寸々語」においても全国にファンを
持つ「藪田先生」をつかまえて「藪田さん」とは何と馴れ馴れしくて失礼な、
と自問してしまいました。
過去の報告(ブログ)を振り返りますと、
第1~第3回までは「藪田先生」でした。しかるにどういうわけか
第4回から今回の第6回目まで「藪田さん」と記述してしまっています。
知らぬ間に。
藪田さんの講演に接するに従って、リスペクトの念は高まっているのに、
それに反比例するがごとく「先生」から「さん」になっています。
 
心理分析をしてみると、藪田先生に対する親しみの度合いが著しく増大した
ことの現れなんだと思いました。
ほぼこれと同期して「秋聲さん」に対する親しみ、も飛躍的に増大しています。
 
次回の藪田さん、どういう「秋聲」を語って頂けるか、楽しみです。
それまでに我々も、少しでもたくさん「秋聲」を読んで、準備をしておきましょう。
 

ブログトップへ