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2026年9月19日

竹松先生、茶会記を明解(快)に説明

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本日(令和8年9月19日)は、前田土佐守家資料館の
副館長としてご活躍の、竹松幸香先生の講演です。
 
(前田土佐守家資料館は、お松の方の次男の前田利政を家祖とする
前田土佐守家、の所蔵資料を保管、及び展示する施設です。
前田土佐守家は、加賀八家の一つとしての、由緒ある家柄です。)
 
竹松先生の講演は毎回大変人気を博す講演の一つです。
前々回(令和6年6月15日)は、「加賀藩上級武士家の部屋住」、
前回(令和7年9月20日)は、「江戸時代 金沢の出版」というテーマであり、
いずれも、江戸時代の武士の生活や出版業界、の事情をつぶさに
説明して頂けるという、たいへん興味深いものでした。
そしてほぼ1年後の本日。
今回のテーマは「加賀藩上級武士の茶会記にみる菓子について」という、
前田土佐守家の遺した茶会記が伺えそうな講演、との期待をもって
拝聴致しました。
 
果たして、竹松先生の講演は、前田土佐守家の遺した「茶会記」の紹介、
及びこれらの詳細な説明でした。
 
紹介された茶会記は、前田土佐守家5代の前田直躬の作成のもの、と
6代直方の子の前田直養の作成のものです。
直養は父に先立ち家督を継がずして34歳で亡くなったので、当主には
ならず、準代としての扱いでした。
 
前者の茶会記は、1742年~1758年に記され、後者は1793年~1805年に
記されています。はぼ50年の差があります。
この50年の差が、後述の「菓子」の発展史を物語っています。
 
先生の説明は、いつものように本題の茶会記の話に入る前の、前提知識たる、
各話題についての概念定義から入ります。
これにより聴衆は本題説明がすっきり頭に入るわけですね。
 
加賀藩上級武士である前田土佐守家の、加賀八家(年寄衆八家)における
位置づけの説明に始まり、「茶の湯」の歴史のおさらい、「茶会記」とは、
の説明を、さらっとして頂きました。
 
前田直躬の遺した「茶会記」と前田直養の「茶会記」とはほぼ50年の
時間差があります。
前者登場の菓子と後者で登場の菓子の間には大きな差がありました。
この50年の時の流れによって、菓子のバリエーションが著しく増えた
わけです。
この両者の茶会記での菓子の相違は、菓子文化の大いなる発展の様相を示しています。
また、前田直養の茶会記には、関白の二条治孝から拝領した京都の菓子の
図入りが記されていたりして、京都との交流のほどが伺えます。
 
菓子の製法、菓子の発展史、菓子を通しての京都との交流、茶会を通しての、
前田土佐守家と人々の交流の様子、等々の、江戸時代当時の時代相が
伺える「茶会記」は、貴重な歴史・文化遺産だと思わせられる竹松先生の
講演でした。史実に忠実に、本日の秋晴れのごとき明解かつ明快な講演でした。
竹松先生、有難うございました。

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