2026年2月21日
穴倉先生、100年前の鏡花を引き寄せる
当講演会に於いては、遅咲きデビューの穴倉さん(泉鏡花記念館 学芸員)も
ついに今回で4回目となりました。
( 完全にレギュラーの域に入られました。 )
本日(令和8年2月21日)の講演テーマは「 1926年の鏡花 」というものです。
( 前回は「泉鏡花『山海評判記』と能登」というテーマの、「オシラ神信仰」を背景とする
怪異な物語のお話でした。 )
さて今回は。
テーマの1926年とは、何なんでしょうか?
結論から申し上げると1926年(大正15年)における、鏡花の
主な事績のことでした。
今から100年前のことですね。
この年の
鏡花の身辺の出来事、同年発表の作品(「城崎を憶う」、「麻を刈る」、
「卵塔場の天女」)等について、様々なエピソードをまじえて穴倉さんは
この年の鏡花を紹介されました。
穴倉さんのお話は、鏡花の人となり、彼の周辺人物との関わり方、
交友、愛用品、などのご紹介で泉鏡花という人物をいつもの如く
我々聴衆にぐっと引き寄せるものでした。
この年、目細家に養女にだされていた「末妹・やゑ」との再会があったこと
が、上記「卵塔場の天女」のモチーフの一つになっているようです。
この年の特筆すべき出来事は何といっても、それまで長年連れ添った
「すず夫人」を入籍したことです。
1923年(大正12年)の関東大震災が「すずさん」入籍のきっかけ
ではないか、と穴倉さんは推測されました。震災を経験して、夫人の
先行きを心配した、ということでしょうか。
翌年(1927年(昭和2年))には大正14年から刊行していた
「鏡花全集」が「巻15」を以て完結したわけですが、その参訂者の
一人であった芥川龍之介が非業の死を遂げました。鏡花と龍之介
は年齢こそ大きく違え、お互いにリスペクトし合う関係であったわけで
鏡花の落胆は大きかったのでしょう。
鏡花の「芥川龍之介氏を弔ふ」の一文を穴倉さんは紹介され
二人の関係の緊密さが色濃く伺えました。
このような、鏡花の身辺での出来事、エピソードのご紹介は
鏡花作品を読むにあたっての大きな助けとなるものです。
穴倉さんのお話、有難く拝聴致しました。
最後に穴倉さんは、以下の2冊の書籍を紹介されました。
「泉鏡花年譜」(吉田昌志 著)。
「鏡花紀行文集」(田中励儀 編集)。
鏡花の小説作品からとは違ったアプローチにはなりますが
鏡花を多角的に立体的に理解したい人にはお勧めとのことです。
そして、鏡花作品を楽しく理解する上で大いなる一助となるのが
本の装丁、口絵の類です。
その代表作家として穴倉さんは「小村雪岱」をかねてから上げられています。
鏡花作品に寄り添う絵師達の作品は、それ自体としても楽しめますし
鏡花作品の魅力を一層増幅させてくれますね。
そして穴倉さんの講演そのものが、鏡花作品の魅力増幅の、大きな
仕掛けだったのではないでしょうか。
