2019年5月22日
歴史と伝統文化講演会 ー 「 花嫁のれんを活かしたまちづくり 」
今年度で第6回目の実施となる尾張町商店街「歴史と伝統文化講演会」の、令和1年度第1回目(今年度は全部で10回シリーズ)の「 花嫁のれんを活かしたまちづくり 」と題した講演会は令和1年5月18日(土) 鳥居 貞利 さん (花嫁のれん館 館長)を講師にお招きし、多数の方の参加のもと、盛大に開催されました。
平成28年4月にオープンした「花嫁のれん館」は、七尾の一本杉通りと小丸山城址公園を結ぶ場所にあり、 花嫁のれんをはじめとする、能登に伝わる婚礼文化の見学や体験ができる施設として、 また、憩いと交流の場として、多くの観光客、市民を惹きつけています。
本日は、この「花嫁のれん館」の館長を務められている鳥居貞利さんに、ここにいたるまでの苦労話、成功談の 数々を伺いました。
昨今の、七尾駅周辺の商業施設についての芳しくない話題があるなか、本日の鳥居さんのお話は、そういった 暗さを吹き飛ばす、希望に満ち満ちた明るいお話でした 。
もともと七尾は8世紀初めに「能登の国」の「国府」が設けられたり、15世紀初めには、守護の畠山氏が七尾城 を築いたりと、石川県では一番古くから繁栄していた地域ですものね。往時の繁栄ぶりを取り戻して欲しいものです。 そういう意味でも、本日の鳥居さんの講演は聞いていてたのもしく、嬉しくもなるお話でした。
カジュアルないでたちで、それでいてダンディーな鳥居さんは、パワーポイント操作のアシストのために来られた、チャーミングな美人の スタッフの方(赤尾さん)と一緒にご登場となり、かっこよい風貌のままに、講演もとてもかっこよく、味のある話しぶりを展開されました。
本日のテーマは「”花嫁のれん”を活かした、七尾のまちづくり」というものです。
(「花嫁のれん」の風習は、石川県を中心に北陸地方各地で見られるというものの、加賀藩の範囲の地域に限られ、支藩の 富山藩、大聖寺藩の地域には見られない、また、奥能登にも見られない、ということです。)
まちづくりのための、数々の取り組みの履歴を細かに話して頂きました。
以下にそのエポックメイキングな出来事、取り組み、成果を記しますと、
昭和50年、季刊誌「銀河」で千代(せんだい)芳子さんが「花嫁のれん」という表現をされました。
そして
地域雑誌「谷中・根津・千駄木」(谷根千工房)創刊の森まゆみ さんの、「一本杉通りが能登の先頭を走るべき」との叱咤があり、
また
フリージャーナリストの佐々木和子さんとの交流もきっかけとなり、一本杉通りのおかみさん達(5名:ろうそく屋、こんぶ屋、仏壇屋、しょうゆ屋、陶器屋の各おかみさん達) が「花嫁のれん」を飾ってはどうかと提案し、平成16年に「花嫁のれん展」第一回目の開催の運びとなりました。 これが人気を博し、花嫁のれんの常設展示館としての「花嫁のれん館」開設につながりました。
さらには
「花嫁のれん」にまつわる話をする語り部処を一本杉通りに何ヶ所か設けました。 今では、各商店作製のオリジナル商品を館内のショップで販売するまでになっています。
さらに
「JTB交流文化賞最優秀賞」、「ティファニー財団賞伝統文化大賞」、「石川テレビ賞(オーゴットの会)」を受賞し、高い評価を得るまでになりました。
さらには
テレビドラマ「花嫁のれん」が制作・放映され「花嫁のれん」が広く認知され、「花嫁のれん号」の電車、バスも走るという運びとなりました。
「”花嫁のれん”を活かした、七尾のまちづくり」につての鳥居さんのお話をかいつまんで紹介いたしますと以上のごとくです。
人脈の広い鳥居さんは、あのフォークシンガー「小室 等」さんとも親交があり、小室さんに「花嫁のれん」の歌を作曲してもらい、CDも発売されています。 (「六文銭」が歌っているそうです。)
みなさん、いかがでしたか? 七尾に行って、一本杉通りに行き、七尾の歴史・文化に浸りたくなりましたよね。
そして「花嫁のれん館」に行って、その色鮮やかさを鑑賞し、「花嫁のれんくぐり」体験はいかがですか。
次回は、6月15日(土)「 浪漫の作家 泉鏡花 」(講師:泉鏡花記念館 学芸員 穴倉 玉日 さん) です。
お楽しみに !!!