2017年5月21日
歴史と伝統文化講演会ー九谷焼について
今年度で第4回目の実施となる尾張町商店街「歴史と伝統文化講演会」の、平成29年度第1回目(今年度は全部で7回シリーズ)の「 九谷焼について」と題した講演会は5月20日(土)、中越 康介 氏(石川県九谷焼美術館 主査・学芸員)を講師にお招きし、多数の方の参加のもと、ここ尾張町老舗交流館にて開催致しました。
「ジャパンクタニ」として世界にその名をとどろかせている九谷焼。 ロンドンの大英博物館に日本を代表する陶芸として展示されている九谷焼。 「KUTANIWARE」として英語にまでなっている九谷焼。
この「九谷焼」が石川県のものであることは誰でも知っている。 ちょっと詳しい人は、九谷焼に「古九谷」、「再興九谷」なるものの別が あることも知っている。
でもその九谷焼(古九谷焼)の始まりはいつからなのか、なぜ九谷の地で発祥したのか、 誰の指示でその作陶が開始したのか、その技術はどこから伝来したのか、制作の目的は、等々 知っているようで知らないのが我々の知識レベルなのではないでしょうか。
そんな我々の抱いている疑問点を一気に氷解させて下さったのが本日の講師、中越先生でした。
再興九谷の窯は石川県南部の広範囲にわたって点在しているのですが、その再興に大きく功あったのは 吉田屋窯だと説明されました。開窯したのは大聖寺の豊田伝右衛門。 19世紀の初頭、九谷村にある九谷古窯跡で開窯し、その後、山代村に移窯。 「九谷」の地で始めたのであるから吉田屋窯は、真の意味での再興九谷窯である ということが伺えました。
そもそも古九谷が大聖寺藩の前田利治の指示で始められたものであることに加え、再興九谷における豊田伝右衛門の多大なる貢献という事実もあいまって 記者においては、九谷焼の本家は大聖寺である、との認識を強くしました。
本日の講義において先生は九谷焼の製作過程、様式、描かれているもの、鑑賞のポイント、等々 九谷焼に関する基本的知識を我々に簡潔明快に示されました。
参加者一同において「九谷焼」に関する知識が高まり、「九谷焼」の持つ魅力、ロマンがよりいっそう身近に感じられた講演会となりました。
中越先生の研究の一端を伺わせる、自費出版をなさった本。
(「 八郎墨譜 」の分析 ~ 再興九谷宮本屋窯における作品像の特定と飯田屋八郎右衛門の画業に関する考察 ~ )
中越先生から当館に寄贈して頂きました。ご興味ご関心ある方は当館にて閲覧ください。
次回は、6月17日(土)「 金沢の和菓子の話 」(講師:越山甘清堂 代表 徳山康彦氏)です。
なおこの日に限り、講演会は尾張町老舗交流館のお隣の「町民文化館」での開催となります。ご了承ください。