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2021年7月8日

1964年東京オリンピック展

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小立野在住の「石田順一」さんのご協力を得ての、「1964年東京オリンピック展」です。
2020東京オリンピックは、コロナにより1年延期され、その後も世界的規模での
パンデミックは続き、オリンピック開催の是非をめぐって国論は二分しています。
 
今回の東京オリンピックはどうなるのでしょうか。
 
今回の東京オリンピックを迎えるにあたって、57年前の1964年東京オリンピックを
振り返ってみましょう。
 
1964年東京オリンピックは、皆さんにとってどういうものだったでしょうか。
 
少年時代、青年時代、壮年時代に1964年東京オリンピックを経験した人達にとって
(出場であれ、観戦であれ、それはオリンピック経験者とします。)
東京オリンピックとはどういうものだったでしょうか。
まだ生まれていなく、東京オリンピックをリアルにとらえた経験のない人達は、
かつての東京オリンピックをどうとらえているのでしょうか。
 
1964年、確かに東京オリンピックは開催されました。
 
時代は、高度経済成長期でした。日本はその後の大きな成長に
向かって行く「青年期」でした。
そんな時代の空気の中でのオリンピックでした。
夢と希望が溢れ、歓喜が漲ったオリンピックでした。
観る側にも、行う側にも スポーツが与えてくれる感動、感激を皆 共有できたのでした。
勝者を称え、敗者をいたわり、スポーツの持つ「気品」を感じ取れたことに
おおきな喜びを見いだせたのでした。
 
ここに展示しましたのは、冒頭に掲げた、「石田順一」さんの お手持ち資料です。
石田さんが少年(小学6年)時代に記録・収集した、東京オリンピックについての
資料です。スクラップブック貼付の新聞記事は、毎日新聞、北國新聞、
スポーツニッポンの各紙です。
日本女子バレーボールの、優勝の瞬間をとらえた歓喜極まる、毎日新聞の
「本社機特別空輸」の号外がひときわ目を引きます。
 
観覧ハンドブックには石田さんの手により、各競技の、入賞者、順位、記録が事細かに
記載されています(ほかに、手製の記録ノートもあり。これは挿絵入り)。
スクラップブックの各ノートには、貼付の新聞記事とともに石田少年の心に響いた
、いきいきとした観戦記が付されています。
 
 
石田順一さんとは、日本を代表する、プロレスの「力道山史研究家」であり、
膨大な記録、記事を綿密に集大成した力道山関係の著作で知られています。
また先ごろ「近江町市場三百年史」の大作を著されました。
 
今回の資料は、石田さんにつき、「栴檀は双葉より芳し」のことわざを彷彿させます。
 
はかに、記念硬貨、記念切手、当時の「毎日グラフ」「アサヒグラフ」、
競技の様子を伝える多数の絵ハガキ写真、も添えられています。
 
当展示は、令和3年7月9日(金) ~ 8月18日(水)の予定です。
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2ヶ月にわたる、新型コロナ「まん延防止等重点措置」により当館も2か月の
臨時休館(7月31日~9月30日)となりました。よって、開催期は11月3日(水)まで延長します。
 
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2021年5月6日

「鳥獣人物戯画(複製)」絵巻展

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京都、高山寺に伝わる紙本墨画の、4巻からなる絵巻物である「鳥獣人物戯画」(「鳥獣戯画」ともいう)。
国宝である。
今はその高山寺にはこれらの複製がそなわるのみで、原画は東京国立博物館と京都国立博物館に
寄託保管されている。(東京国立博物館には甲・丙巻、京都国立博物館には乙・丁巻。)
 
「日本最古の漫画」とも称される「鳥獣人物戯画」ではあるが宗教的意味合いが
含まれている可能性もあるとして「漫画」性を否定する見解が主流となっている。
誰が何のために描いたのか、確定的にはわかっていない。
 
そんな絵巻物4巻(複製)の展示です。
全部合計すると44メートルを超えます(1巻あたり10メートル超)。
よって当館の展示ケースでは拡げて全体をご覧いただくことはできません。、
予めご了承ください。
 
謎多きこれらの絵巻物を通して、これらを描いた古の人たちに思いを馳せてみませんか。
 
 
展示期間は、令和3年5月7日(金) ~ 7月7日(水)まで。
 
 
以下は日本大百科全書より。
 
<鳥獣人物戯画>
 
絵巻。四巻。京都・高山寺(こうざんじ)蔵。国宝。12世紀中期~13世紀中期の制作とされ、
擬人化された動物の諸態や、人間の遊びに興ずるさまを描き集めた戯画絵巻。「鳥獣戯画」ともよばれる。
甲巻は猿、兎(うさぎ)、蛙(かえる)などが人間をまねて遊ぶ模様、乙巻は馬、牛、鶏、獅子(しし)、
水犀(みずさい)、象、それに麒麟(きりん)、竜など空想的なものを含めた各種動物の生態、
丙巻は僧侶(そうりょ)や俗人が勝負事に興ずるありさまと、猿、兎、蛙などが遊び戯れるさま、
丁巻はやはり僧俗の遊び興ずるさまが、それぞれ描かれる。各巻とも詞書(ことばがき)を欠き、
絵に説かれる内容、意味が明らかでなく、種々の解釈がなされるが定説をみない。
筆者は鳥羽僧正(とばそうじょう)覚猷(かくゆう)(1053―1140)と伝称されるが確証はなく、
また四巻はそれぞれ制作時期と筆を異にしている。甲巻はもっとも優れ、時期は乙巻とともに
12世紀中ごろまでさかのぼるものと思われるが、丙・丁巻は鎌倉期の制作とみてよい。
絵はいずれも墨一色の描線を主体とした白描(はくびょう)画で、動物や人物、草木などを
闊達(かったつ)な筆で巧みに描出している。
とくに甲巻は濃淡、肥痩(ひそう)、強弱の変化をつけた抑揚豊かな描線の筆技が絶妙で、
日本の白描画の白眉(はくび)といえる。乙巻もやはり暢達(ちょうたつ)な筆で甲巻に近い様式をもつが、
筆致に多少の違いが見受けられる。丙巻は描線が繊細でやや闊達さを欠き、さらに丁巻は粗い筆致で、
13世紀なかばごろに描き加えられたものと思われる。
いずれにせよ、これら四巻は平安末から鎌倉前期にかけての優れた画僧、あるいは寺院関係の絵師によって
描かれたものと思われ、密教図像の作画などで習得された、当時の高度な描線の筆技を知ることができる。

 
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2021年2月11日

明治・大正の、「絵画」の新聞付録展

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今となっては珍しい、明治、大正初期、の新聞付録を展示。

いずれも絵画の付録で、計8点を展示。

東京日日新聞、大阪朝日新聞、北國新聞、北陸新聞、石川新聞、各紙の付録。

明治天皇の肖像画、大正天皇の乗馬姿、日本画等がその内容です。

展示期間は令和3年2月11日(木) ~ 5月6日(木)まで。

 

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2020年9月3日

金沢商家銅版画展

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明治21年の、金沢商家の銅版画(複製。金沢商家103店舗)の展示です。

( 出典は明治21年出版の「石川県下商工便覧」)。

銅版画に対応する引札も一部の商家については展示してあります。

当館の、常設展示の「尾張町」部分( 26店舗 )と合わせての展示となります。

また、明治初期~中期の金沢商家の引札と合わせてお楽しみください。

文明開化の機運に満ちた金沢商家の勢い、風情をとくとご覧ください。

展示期間は、令和2年9月4日(金)~ 令和3年2月10日(水)まで。

 

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明治初期~中期の引札。対応する銅版画も展示。

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「加賀手まり」も一部 継続して展示。

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俳文学愛好家の小笠さん(材木町)提供の「室生犀星」真筆の俳句です。

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2020年7月8日

(歴史の一コマとして)明治天皇御大喪儀展(絵葉書の拡大コピー)

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明治天皇御大喪関連の画像(絵葉書の拡大コピー9枚(A3版))の寄贈を受けましたので、
明治11年(1878年)の、明治天皇北陸東海巡幸のときの「御巡行御行列並びに御供官員略表 御通筋拝見人心得」と合わせて展示しました。
 
明治45年(1912年)明治天皇は崩御され、同年9月13日に大喪儀(葬儀)が大日本帝国陸軍練兵所(青山練兵所。現在の明治神宮外苑)にて執り行われ、9月14日に伏見桃山陵に埋葬されました。
 
掲示した画は、皇居を出発し、青山での葬儀、陵(みささぎ)を設けた伏見桃山に向けて、青山仮駅から発車するまでの大喪の流れを示しています。
 
我が国が、旧来の幕藩体制を脱却し、近代的な立憲君主国家へとなっていく過程を生きてこられた明治天皇。

日本が日清、日露の大戦に勝利し、諸外国から近代国家として認知され、西洋列強との不平等条約を改正し、列強の一員となりえたのは、明治天皇の大きな求心力としての存在があったからに外なりません。
 
このような明治天皇の「御成徳」に思いをはせてみましょう。
 
展示期間は、令和2年7月8日(水)~9月2日(水)までの予定
 
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2020年6月26日

明治初期の、尾張町界隈の「引札」展示

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令和2年6月24日、当館に明治初期の頃の「引札」がお目見えしました。

引札は全部で24枚あり、いずれも尾張町周辺の商店のもの。
 

24枚とも、整然と屏風に貼られており、見やすくなっています。

金沢の好事家の方の収集になるものを、最近 尾張町が手に入れ、当館にやってきたわけです。

当館ではこれまでも何回か「引札」展なるものを開催しましたが、このような明治初期の

ものは初めてです。

これら引札の表象する商店は、尾張町以外に、橋場町、博労町、十間町、中町、今町、石浦町、

袋町、安江町、近江町、堤町、片町、彦三、兼六公園内、香林坊 と多岐にわたっています。

なにぶん、そうとうの年数を経ているため古色蒼然たる趣があり、当館の雰囲気に

一層の興趣を添えることと思います。

どうぞご来館いただき、ご覧くださいませ。

( 常設展示の予定 )
 

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2020年3月14日

加賀てまり・絵手紙展

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徳川家から前田家にお輿入れした珠姫ゆかり とも言われている歴史ある「加賀てま
り」、花柄模様、幾何学模様の、目を見張るほどの煌びやかな「加賀てまり」、
精緻な技巧の中にも優美さを宿す「加賀てまり」。

 

藩政期からの伝統を伝える、江戸時代後期の「加賀てまり」も展示してあります。

 

また、尾張町・松田文華堂(アジア民族楽器館)の店頭を飾った風流な、四季折々の「絵手紙」も合わせて展示致しました。

 

「加賀てまり」、「絵手紙」両者の多彩な「色合い」、「風情」の競演もお楽しみいただけたら、と思います。

展示期間は令和2年3月14日(土) ~ 9月2日(水)まで。

( 協力:東山・綿谷小作薬局 様  尾張町・木村 様)

 

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2020年3月4日

3月21日の、歴史と伝統文化講演会 中止のお知らせ

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3月21日(土)予定の「尾張町商店街 歴史と伝統文化講演会」は、新型コロナウイ

 

ルス感染拡大防止のため中止とさせて頂きます。

 

皆で耐えて、この暗い霧が晴れるのを待ちましょう。

 

緑かがやく5月には、この「尾張町商店街 歴史と伝統文化講演会」がまた開けますよ

 

う心から願います。

 

そのときにはまた 皆さんの明るい笑顔に出会えますよう、祈念します。

 

「尾張町商店街 歴史と伝統文化講演会」のこと、ず~っと お忘れなきようお願い申し

 

上げます。

2020年2月16日

歴史と伝統文化講演会 ー 「 加賀藩主 前田家の隠居政治 」

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今年度で第6回目の実施となる尾張町商店街「歴史と伝統文化講演会」の、令和1年度第9回目(今年度は全部で10回シリーズ)の「 加賀藩主 前田家の隠居政治 」と題した講演会は令和2年2月15日(土)木越 隆三 さん (石川県金沢城調査研究所 所長)を講師にお招きし、多数の方の参加のもと、盛大に開催されました。

 

加賀藩政史を中心とした日本近世史のスペシャリスト 木越先生が本日の講師です。先生は「加賀藩改作法」研究などの分野においても第一人者です。

また、NHKブラタモリの金沢編のときに、タモリ・桑子さんご両人の案内役を見事につとめられ、歴史マニア以外の人たちの間にも大いにその存在を知らしめられた、その木越さんです。

 

 

本日のテーマは「加賀藩前田家の隠居政治」というものですが、斯界に通じている方以外は落語などに出てくる、気のいい「ご隠居さん」などのイメージが浮かぶかもしれません。
しかし、「前田家の隠居」というテーマなのですから、そんな気軽な「ご隠居さん」なわけはないだろう、との推測のもとに(少なくとも筆者は)講義を拝聴しました。
(まさにその通りで、加賀藩という大藩の(政)まつりごとを執り行うお殿様の「隠居」ですから庶民の「隠居」とは大違いでした。藩政の実権掌握が伴っており、実質的には藩政を執り行っている場合もあったのです。)
 

前田家14代において、7人が隠居をしたそうです。

 

歴史上の大立者の、信長、秀吉、家康の三人とも隠居し、その隠居後に数々の偉業を成し遂げた、と木越先生は説明されました。

 

元来、隠居(大名隠居)は、封建的主従関係からの離脱ですから、素直に許される性質ものではないのですが、大名の長寿化、無嗣・養子の家の家督相続の円滑化を図るため等もあり、1651年以降からは、隠居大名が増えたようです。

 

先にも述べたように、前田家においては、14代のうち、7人が隠居をしています。
穏当な隠居政治が多かった前田家ではありましたが、3代・利常と10代・重教の場合は異例であったようです。
ということで、木越先生の本日の講演は、利常の隠居政治、重教の隠居政治にフォーカスを当ててのものでした。

 

ということで利常の隠居です。
なぜ利常が47歳の若さで隠居したのか、について先生は
前田家4代の光高は、将軍家光の実の甥であり、家光からの信頼・寵愛が深く、このため利常に対する、将軍周辺からの隠居を望む空気があり、それを察しての利常の隠居ではなかったか、というような説明をされました。

 

大変納得ですね。とても明快な説明でした。

 

でも利常は、隠居後も実権を握り、藩政の政務を執り行ったのです。
藩主たる光高領は80万石でしたが、サイフは利常が握っていたようです。
利常は藩領を4分割した( 光高に80万石、次男利次に10万石(富山藩)、三男利治に7万石(大聖寺藩)、そして自分用に隠居領として22万石、というふうに )のですがそれはなぜか。

 

光高、利次、利治ともに将軍家光の実甥で、3兄弟とも江戸城殿中で
厚遇されており、次男、三男らへの分家は、このような将軍の思いを利常が察し、そのほうがお家安泰にもなるとの判断から出たもの、というような説明でした。

 

これまた先生の明快な解釈、説明でした。

 

疑問がすう~っと氷解された方も多かったのではないでしょうか。

 

その後、利常は、5代 綱紀のときも後見人として藩の政務を執り行い、農政改革である改作法を実施しているわけですね。

 

このように隠居の立場でありながら、積極的に藩政にかかわった利常と対比させるかたちで先生は重教の隠居を取り上げられました。
重教は兄の急死で(晴天の霹靂といった感じで)藩主の座が回って来、それも14歳という若年であったがために、藩主たる覚悟も乏しく、八家の画策した経済政策の失敗、宝暦9年の大火等もあり、藩財政は危機に陥り、藩主が嫌になり隠居を決意したということです。
このときは、一度仏門に入っていた弟 時次郎(治脩)を還俗させ、これに家督相続をしての隠居でした。

 

このように利常の隠居と重教の隠居はかなり特異の、両極にある事例です。

 

このような、江戸時代の大名の、隠居にいたる経緯、隠居政治の内実をお聞きして、殿様の苦労、大変さというものがよく伺い知れると同時に、主従性、家父長制の支配した封建制の時代の不合理、不条理がよく理解できた本日の講演でした。

 

本日の講演テーマのいずれの局面においても、木越先生の説明は、精緻かつ明快で
たいへん解りやすく、参加者一同、学びの多かった一日となりました。
心より感謝申し上げます。

 

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次回は、3月21日(土)、「 近代バイオテクノロジーの父「高峰譲吉のすべて」 」(講師:金沢ふるさと偉人館 学芸員 増山 仁 さん) です。

高峰賞でおなじみの、金沢の生んだ偉大な科学者であり国際人である「高峰譲吉」さんがテーマです。氏の功績、業績、人柄を存分に語って頂きます。

どうぞ皆様 お楽しみに !!!

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2020年1月19日

歴史と伝統文化講演会 ー 「 気軽に聞こう ~ 三味線和ライブ ~ 」

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今年度で第6回目の実施となる尾張町商店街「歴史と伝統文化講演会」の、令和1年度第8回目(今年度は全部で10回シリーズ)の「 気軽に聞こう ~ 三味線和ライブ ~ 」と題した講演会は令和2年1月18日(土)千本 民枝 さん (端唄千本流金沢分家師範 金沢千扇会会主)を講師にお招きし、多数の方の参加のもと、盛大に開催されました。

 

今回は令和2年になっての最初の講演会。 端唄、新内の奏者としてご活躍の千本 民枝さんのご登場です。 (端唄千本流金沢分家師範 金沢千扇会会主の千本 民枝さんです)。

 

タイトルは「気軽に聞こう ~ 三味線和ライブ ~」と銘打って行われました。

 

「和ライブ」です。そうです・・・全くの「ライブ」でした。

 

講演会そのものは、毎回毎回、講師の方の「ライブ」です。いずれも 当然のごとく100パーセントの、臨場感ある「ライブ」・・・なのですが、講師の方のパフォーマンスをともなったものとしてはその例は数少なかったのです。

 

過去に、藪先生の「能」のときは、藪先生の 素晴らしい実演があり、先回は、荒木さんの 「語り」の実演と瀬下さんの音楽ライブがありました。 いずれも、座学的な部分のみの公演ではなく、講師の方の「パフォーマンス」を伴ってのものでした。

 

そして今回は千本さんの、まさに極めつけの、全編にわたっての 文字通りのパフォーマンス「ライブ」。

 

本日、千本さんは画像でもおわかりのように、シックでありながら、それでいて あでやか、艶やかな和装のいでたち。

そして演じられたのが、これまた美声を駆使しての、粋で、艶っぽくて、情緒たっぷりの「新内節」、「端唄」の数々。

もちろん 三味の音に合わせた、日本情緒の極みを演出する講演でした。

 

あまりにも 「粋」で、「活き」で、まことにきっぷがよく 「千本さん」とお呼びするよりは 「いよっ! 民枝姐さん」 と声かけたくなるような 雰囲気をまとっておられました。

 

また千本さんは大事な相棒である「三味線」の説明をするに当たって、不慣れな人には楽器に触れさせてあげたり、お手製の簡易三味線を 用意されて皆に弾かせてあげたりして、講演にあたっての様々な工夫を凝らされていました。

本日の演目の殆どを網羅した歌詞カードを全員に配られたので、時折 心得のある方や、興の乗った方は 千本さんの美声に合わせて 唱和する場面もありました。

また、プロジェクターを使って、大野の「ご祖父母様」の影響でこの道に進まれたことを説明され、ゆかりの「大野小唄」、「千扇小唄」 なども披露されました。

 

千本さんの時折の、ジョークをまじえられての語りの「部分」では参加者の笑いを誘い、本日の「和ライブ」は 笑いの絶えない 言わば「笑い部」ともいえるほどの 和やかで心地よい 講演でした。

 

千本さんの心づくしの、この1時間半の講演は 真冬のこの時期だというのに 会場をさながら「春の宴」の場 と化したことでした。

 

日本情緒がたっぷり身に染みた 暖かい のどかな1時間半でした。

 

「民枝」姐さん 有難うございました。

これからも、皆に 情緒を 粋を 和みを ずっとずーっと届けてくださいませ。

 

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次回は、2月15日(土)、「 加賀藩主 前田家の隠居政治 」(講師:石川県金沢城調査研究所 所長 木越 隆三 さん) です。

前田家の藩主たちの、隠居後の立ち位置、権力関係、そして「政(まつりごと)」との関わり具合はどうであったのか。

このとても興味深い領域に、加賀藩政史を中心とした日本近世史のスペシャリスト 木越先生が切り込みます。

どうぞ皆様 お楽しみに !!!

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