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2017年7月20日

金沢中心部の、各時代地図展

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江戸期から平成までの各時代の、金沢市街図(金沢中心部地図)を展示してあります。

ガラスケースの中の、パネル状地図は、係員にお申し出頂ければ、手にとってご覧頂けます。

展示地図は、「安政元年」、「明治3年」、「大正8年」、「大正8年(金沢市街電車路線図)」、「大正12年」、「昭和4年」、「昭和19年」、「昭和28年」、「平成27年」の各時代のものです。

昭和30年代前半・昭和56年の、対比する形の「尾張町住宅地図」も展示してあります。

 

展示期間は、平成29年7月21日(金) ~  9月20日(水)まで。

 

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2017年7月16日

歴史と伝統文化講演会 ー 詩人 中原中也と金沢

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今年度で第4回目の実施となる尾張町商店街「歴史と伝統文化講演会」の、平成29年度第3回目(今年度は全部で7回シリーズ)の「 詩人 中原中也と金沢 」と題した講演会は7月15日(土)、薮田 由梨 氏(徳田秋聲記念館・学芸員)を講師にお招きし、猛暑に中にもかかわらず多数の方の参加を頂き、ここ尾張町老舗交流館にて開催致しました。

 

「尾張町かわら版」での講演会、企画等についてのブログは いつも 基本的にはなるべく客観的な報告者調で著してきました。否、これからも基本的にはそうであるべき、と 筆者(当館 係員)は考えております。

が、今回だけはそのようなスタンスを取りえないことお許しください。 とにかく薮田先生の講義の素晴らしさに いたく感動したため、 心が動きすぎて どうも客観性をもっての報告にはなりえない、ということなのです。

 

何と素晴らしい一時間半だったことでしょう。

 

かくも短く経過した一時間半を私(筆者)は、いまだかつて知りません。 それほど濃厚で、濃密な1時間半でした。聴いていてとても心地よく 次からつぎへと、私たち聴衆に訴えかける内容の、とても興趣に富んだ講義でした。

 

新緑の森の中 樹々が新鮮な酸素を光合成の過程で放つがごとく、 この狭い交流館の中を、先生の新鮮な講義が響き渡りました。 さらさら流れる、山間いの清流のごとき、淀みない、若やいだ講義が 当館の中を満たしました。

 

先生は、略年譜を用いて、中原中也の世界を私たちの眼前に拡げて見せました。 中原中也の、特異な詩人形成への道程を説明されました。

 

カテゴリー別に、中也の「詩」を朗読・引用され、私たちを中也の世界への入り口はおろか (一般生活圏から遊離した)中也の詩の世界の深部へと、(短い時間ながらも)私たちを 連れて行って下さいました。

 

幼少期、金沢・野町の「神明宮」で見たサーカスをモチーフとした、詩集「山羊の歌」の中の あの有名な「サーカス」、の説明のところでは、中也の繊細な、詩創作における技法を こと細かに述べていただきました。

 

中原中也の、詩作において臨むありかた ・・・ 「名辞」以前 ・・・ 直感したものを いかに正確に言葉に置き換えればよいか、というのが、中原中也の、詩作において 多大にもエネルギーを費やしたところなのでしょうか ・・・ 私(筆者)にはそう 感じ取られました。

 

多感な青年期、中原中也の「詩」にふれて、熱病的に 中也の詩を愛読した人もいらっしゃることでしょう。 これは、講演後、お聞きしたことですが、先生も、高校時代に、中也の詩にいたく魅せられた、とお話されてました。

 

先生は、「中原中也」が好きで、どうしても中原中也記念館で働きたくて、 金沢大学を卒えられた後、中原中也生誕地である山口県の 山口大学大学院に進まれ、その後 中原中也記念館・学芸員として ご活躍なさいました。

 

中原中也を語っていただくには、最適な方だったわけです。

 

先生の、中原中也にそそがれる眼差しは、まるで「母」のようでもあり 「姉」のようでもあり、はたまた「恋人」のようでもあり、 中也を語る先生の言葉の端々に、寛容の、深い愛情を見てとったのは 私だけだったでしょうか。

 

講義中、先生の今のご専門の、「 徳田秋声 」についてふれられる際には 「 秋声は 」とおっしゃられ、一方 中原中也を語られるときは、すべからく 「 中也さんは・・・ 」と 呼ばれていました。

 

講演が終わった後、心の中が 何か暖かいものと、清々しいものとで満たされ、 そして、文学の「 愉しみ 」が大いに喚起されたのでした。

 

先生のお力です !!!

 

 

次回は、9月16日(土)「 江戸時代の近江町市場と尾張町 」(講師:金沢歴活 代表 安藤 竜 氏)です。

新進気鋭の歴史研究家である安藤さんには、私(筆者)からすれば、あの「武士の家計簿」を著した歴史学者 「磯田 道史」さんのイメージが重なります。

きっと斬新で、興味深い講演が展開されることでしょう。

2017年6月18日

歴史と伝統文化講演会ー金沢の和菓子の話

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今年度で第4回目の実施となる尾張町商店街「歴史と伝統文化講演会」の、平成29年度第2回目(今年度は全部で7回シリーズ)の「 金沢の和菓子の話 」と題した講演会は6月17日(土)、徳山康彦 氏(越山甘清堂 代表)を講師にお招きし、多数の方の参加のもと、今回は諸般の事情により、尾張町老舗交流館のお隣の、町民文化館にて開催致しました。

 

 

徳山 康彦 氏は金沢の誇る和菓子の老舗 「 」の第6代目のご当主さんです。 講演はプロジェクターによる豊富な画像、詳細な事例 を引用され、氏の温かみのあるソフトな 語り口とあいまって、聞いている者の心にしみわたるがごとく進められました。

 

なぜ金沢で和菓子が盛んなのか( 金沢は日本の三大菓子どころ のひとつ )について、 その背景を分かりやす語っていただきました。

文化的背景(茶道の盛んなこと)、宗教的背景(寺社へのお供え文化の存在)、菓子製造における 工夫(木型、木工の発達)、菓子の原料である農作物の採れること、が金沢には備わっていたことを あげられました。

季節折々の和菓子を、各月ごとの銘菓のバリエーションをもって説明されました。 講義の全編を通じて、氏の和菓子に対する「誇り」と「深い情愛」がそこかしこに 伺われました。

 

安産祈願の思いを込めて親しい身内に配る「ころころ餅」は、つくられたその餅の形で 産まれてくる子が男の子か女の子かを占える、というエピソードを紹介されました。 その占いの当たる確率はなんと75パーセントだそうです。

 

あの聖路加病院名誉院長の長寿ドクターである「日野原重明」さんが百歳を迎えたときのお祝いの、大きな饅頭をつくられたことも紹介されました。

 

儀式、祝いごと、日々の生活での様々なシーン、の中に和菓子があることによって 人々の心は和み、癒される、和菓子を贈ることにより人への思いやりが実践され、人と人の心がつながる、 和菓子を食することで「精神が浄化される」、などなど和菓子の果たしている効用を述べられ、 参加者の胸中には「和菓子」の持つ魅力がさらに再認識され、その存在への敬愛の念が芽生えたことでした。

 

早速、美味しい和菓子を進物用に買って来て、「あの方のところへ挨拶に行きたい」、「久しく無沙汰している知人の のもとに駆けつけたい」、「あの人のお祝いの時には、こんな和菓子を買って行き、喜ぶ顔が見たい」・・・・などと 想像をめぐらせた方も多かったのでは・・・。

 

 

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次回は、7月15日(土)「 詩人 中原中也と金沢 」(講師:徳田秋聲記念館 学芸員 薮田由梨氏)です。

薮田由梨さんには昨年5月21日 に金沢の三文豪についての講演を行って頂き、その内容及びその素晴らしい語り口で参加者を魅了して頂きました。

その薮田先生の、“ 珠玉の名調子 ” がまたこの尾張町老舗交流館に再現されるのです。

2017年5月21日

歴史と伝統文化講演会ー九谷焼について

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今年度で第4回目の実施となる尾張町商店街「歴史と伝統文化講演会」の、平成29年度第1回目(今年度は全部で7回シリーズ)の「 九谷焼について」と題した講演会は5月20日(土)、中越 康介 氏(石川県九谷焼美術館 主査・学芸員)を講師にお招きし、多数の方の参加のもと、ここ尾張町老舗交流館にて開催致しました。

 

「ジャパンクタニ」として世界にその名をとどろかせている九谷焼。 ロンドンの大英博物館に日本を代表する陶芸として展示されている九谷焼。 「KUTANIWARE」として英語にまでなっている九谷焼。

 

この「九谷焼」が石川県のものであることは誰でも知っている。 ちょっと詳しい人は、九谷焼に「古九谷」、「再興九谷」なるものの別が あることも知っている。

でもその九谷焼(古九谷焼)の始まりはいつからなのか、なぜ九谷の地で発祥したのか、 誰の指示でその作陶が開始したのか、その技術はどこから伝来したのか、制作の目的は、等々 知っているようで知らないのが我々の知識レベルなのではないでしょうか。

そんな我々の抱いている疑問点を一気に氷解させて下さったのが本日の講師、中越先生でした。

 

再興九谷の窯は石川県南部の広範囲にわたって点在しているのですが、その再興に大きく功あったのは 吉田屋窯だと説明されました。開窯したのは大聖寺の豊田伝右衛門。 19世紀の初頭、九谷村にある九谷古窯跡で開窯し、その後、山代村に移窯。 「九谷」の地で始めたのであるから吉田屋窯は、真の意味での再興九谷窯である ということが伺えました。

そもそも古九谷が大聖寺藩の前田利治の指示で始められたものであることに加え、再興九谷における豊田伝右衛門の多大なる貢献という事実もあいまって 記者においては、九谷焼の本家は大聖寺である、との認識を強くしました。

 

本日の講義において先生は九谷焼の製作過程、様式、描かれているもの、鑑賞のポイント、等々 九谷焼に関する基本的知識を我々に簡潔明快に示されました。

 

参加者一同において「九谷焼」に関する知識が高まり、「九谷焼」の持つ魅力、ロマンがよりいっそう身近に感じられた講演会となりました。

 

 

中越さんからの贈呈本

中越先生の研究の一端を伺わせる、自費出版をなさった本。

(「 八郎墨譜 」の分析 ~ 再興九谷宮本屋窯における作品像の特定と飯田屋八郎右衛門の画業に関する考察 ~  )

中越先生から当館に寄贈して頂きました。ご興味ご関心ある方は当館にて閲覧ください。

 

次回は、6月17日(土)「 金沢の和菓子の話 」(講師:越山甘清堂 代表 徳山康彦氏)です。

なおこの日に限り、講演会は尾張町老舗交流館のお隣の「町民文化館」での開催となります。ご了承ください。

2017年4月12日

引札展PART3

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主に、近江町界隈、尾張町界隈のお店の引札を展示。

さながら錦絵のごとき色鮮やかな引札を通して

昔のお店の雰囲気にひたって下さい。

引札展 PART3 は、平成29年4月13日(木) ~ 7月19日(水)まで実施。

 

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2017年3月28日

尾張町商店街 第4回「歴史と伝統文化講演会」のお知らせ

尾張町 2017歴史・伝統文化 講演会チラシ

お申し込みは下記チラシをダウンロードの上お電話もしくはFAXにてお申し込み下さい。
尾張町商店 第4回歴史と伝統文化講演会

2017年3月19日

歴史と伝統文化講演会ー近江町の不思議

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尾張町商店街「歴史と伝統文化講演会」の今年度第10回目(今年度は全部で10回シリーズ)の「近江町の不思議 ~  知られざる近江町市場の話 ~ 」と題した講演会は3月18日(土)、石田 順一 氏(金沢中央信用組合 常勤監事)を講師にお招きし、多数の方の参加のもと、ここ尾張町老舗交流館にて開催致しました。

 

石田順一さん所属の金沢中央信用組合は上近江町にあり、また、氏は近江町三百年誌の編集長の任務にも就かれており、近江町を語る上で最適な方なのです。

「近江町の不思議」と題して、7つの項目、それに加えて番外編3つを 語っていただきました。 丹念に調べ上げた資料、古地図、古文書、また資料に無いものは ご自分の足で町を歩き回り発見した事実、等に基づくもので、いずれも プロジェクターによる豊富な画像を用いての説明であり、参加者には 心に染み渡るがごとく、理解が進みました。

 

参加者の理解を著しく進めたのは、説明に用いられた史実、画像の なせるところ、もちろん大なのですが、ときおり氏がなにげなく 放つ、ウイットに富んだ「しゃれ」「ジョーク」の類が皆の 気持ちをほぐし、笑いを誘い、先生 次 なにを言うのかな、と 聴衆の耳目をそばだてさせたことも大きな要因でありました。

 

近江町市場を俯瞰したとき、「く ノ 一 の『女』」の文字に 見える( 今は、その一画目の『く』の下のほうが、いちば館が建った ことにより欠けてしまっている )のですが、このあたりの説明の ところで、先生、「・・・今はやりの ”ドローン ”で上から 撮影しようと思いましたが、金もかかりますのでそうも行かず、・・・ ”カードローン ”( カー ドローン )ならいっぱい残っていますが・・・」 などと言った具合のシャレをそこかしこにまじえて、聞くものを 瞬時たりとも飽きさせない名講演でした。

 

大正末期から昭和初頭にかけての、二次にわたる「近江町争議」(金沢市魚商組合と 金沢魚市場組合の間の、摩擦、対立) をうまく治めた「野村喜一郎 氏」( 石田氏の所属する金沢中央信用組合 の前身の「金沢市水産信用組合」の創始者 )の功績の話のところでは 近江町市場にも苦難の歴史があったんだな、と認識させられました。

 

最後まで、聴衆を惹きつけ続けた本日の講演は、やんややんやの拍手喝采で 幕をとじました。

 

この講演には続きがあります。さらに深い考察がされた近江町にまつわる話です。 当講演会の、平成29年度(4月以降~)の中に、石田氏の 「 近江町の不思議 その2 」を設ける予定となっております。 詳しくは、近日中に発行の「チラシ」および当ホームページを ご参照ください。

 

さて最後に、当ホームページごらんの皆様に明かしますと、 本日の講師 石田順一氏とは、当ホームページ・管理者ブログの 2014年10月17日付記事「尾山神社」にご登場いただいた 「I」さんのことでした。

 

平成28年度(平成28年4月~29年3月)の尾張町商店街「歴史と伝統文化講演会」はこれにて終了いたしました。

平成29年度の講演会企画につきましては、近日中にチラシを発行し、及び当ホームページにてもお伝えいたします。

お楽しみにお待ちいただきたく存じます。

乞うご期待 !!!

2017年2月19日

歴史と伝統文化講演会 ― 金澤町家の楽しみ方、活かし方

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尾張町商店街「歴史と伝統文化講演会」の今年度第9回目(今年度は全部で10回シリーズ)の「金澤町家の楽しみ方、活かし方」と題した講演会は2月18日(土)、川上 光彦 氏(金沢大学 名誉教授)を講師にお招きし、多数の方の参加のもと、ここ尾張町老舗交流館にて開催致しました。

 

前回の、金沢工業大学 教授 増田先生による講演「金澤町家について」に引き続いての、金澤町家シリーズの第二回目となりました。

 

本日の講師を勉められましたのは、金沢大学名誉教授の 川上 光彦 先生です。

講演は、先生の学者的お立場からと、NPO法人金澤町家研究会の 理事長としてのお立場からの、立体的レクチャーにより進められました。

 

「金澤町家」の定義は、前回の増田先生の回のブログに譲るとして、 ここで定義された「金澤町家」というものの利活用への取り組み が本日の 講演の骨子を成しました。 (「金澤町家」の利活用の推進は、まちなか定住促進策にもつながり 都市レベルの活性化の一助ともなります。)

 

この利活用推進は、金沢市によるところ大ですが(「こまちなみ保存条例」、 「伝統的建造物修復事業」、「まちなか住宅リフレッシュ支援事業」、 「金澤町家継承・利用活性化基本計画」、「金澤町家再生活用事業」、 「金澤町家条例」等々、利活用推進に向けた諸施策は、年々その効果を挙げている)、 これらの公的な対応での不足を補うべく、先生の主催する「金澤町家研究会」の 果たしている役割を説明されました。

 

「町家の修復等に関する研修事業」、「町家の魅力を広く伝えるための、 町家を利用した交流事業」、「情報発信事業(金澤町家流通コーディネート事業)」 などがその例です。

いずれの説明も、プロジェクターを用いた豊富な事例紹介によるもので たいへん分かりやすく、参加者のうちこれまであまり町家というものに詳しくなかった人も、講演の終了際には、ひとかどの「町家通」になったことだと思いました。

当館の係員である筆者は、当然のことながら、観光で金沢を訪れた人たちの 金沢に対する感想を聞く機会に恵まれています。

 

「・・・清潔な町ですね・・」、「・・・古いものが沢山残っていて、それもきれいで・・・」 「・・・戦災に遭わなかったのですか・・・どうりで昔の風情が残っていてうらやましい、 また来たいです・・・」などとの金沢に対する賞賛の言葉を耳にします。

「東山」、「主計町」、「卯辰山山麓」、「寺町台」の重要伝統的建造物群保存地区、 あるいは、「旧新町」、「里見町」、「旧天神町」、「旧御歩町」等の 「こまちなみ保存区域」等の、歴史を感じさせる魅力的な町並み、 これら以外にも、そこかしこに見られる歴史がかおる家屋、いずれも 主役は、この「金澤町家」なのです。

ややもすれば、我々は、これらのものは、戦災に遭わなかった金沢(石川の他の地域も) だから残っていて当たり前、くらいの気持ちで日々過ごしている傾向にあります。

 

しかし、金沢市をはじめ、川上先生の「金澤町家研究会」、市民レベルの様々な協力者の方々、 等々の尽力があって、魅力ある金沢を演出する歴史的建築物及びそれらを構成要素とする 「まちなみ」が保たれていることへの認識を深めさせられた本日の講演会でした。

 

 

 

次回は、3月18日(土)「 近江町の不思議 ~ 知られざる近江町市場の話 」(講師:金沢中央信用組合 常勤監事 石田 順一氏)です。

氏は、近江町史はもとより、金沢・小立野界隈の郷土史、日本プロレス史、など多方面にわたっての該博な知識をお持ちの方ですが、それとは別に、ウイット、ユーモアに富んだその語り口は、それだけで皆様を魅了してくれることでしょう。

2017年2月9日

卯辰山工芸工房展 PART26

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今回は「陶芸」、「金工」、「ガラス」3部門の作品群の展示です。

「陶芸」は、岩崎晴彦氏、織田光恵氏 の、「金工」は、魚住安信氏、近江佐知氏の

、「ガラス」は、三宅道子氏、坂井いづみ氏の 作品です。

知性あふるる作品、なごみに充ちた作品、凛としたたたずまいの作品 達が皆様方の

ご来館をお待ちしています。

「金沢卯辰山工芸工房展 PART 26」は

平成29年2月9日(木)から 4月12日(水)までの期間において開催。

 

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2017年1月22日

歴史と伝統文化講演会 ― 金澤町家について

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尾張町商店街「歴史と伝統文化講演会」の今年度第8回目(今年度は全部で10回シリーズ)の「金澤町家について ~  町家って何? 何が違うの? ~ 」と題した講演会は1月21日(土)、増田 達男 氏(金沢工業大学教授)を講師にお招きし、悪天候にもかかわらず多数の方の参加のもと、ここ尾張町老舗交流館にて開催致しました。

 

増田先生は、具体例満載のレジュメ、プロジェクター投影による豊富な画像を用いられて「金澤町家」を説明されました。

金沢の、古地図作成以前からの、町の生成発展の経緯・変遷の説明から始まり、

作成された古地図からの武家屋敷の数(約7000戸)、町人の家屋の数(約15000戸)を紹介され、金沢という町の、人口の集積度や、たいへんな賑わいの様子がうかがわれました。

こうした金沢の町の成立ち具合というものを、先生は参加者に充分理解浸透させたあと、

武家屋敷、侍屋敷、足軽屋敷、そして(狭義の町家である)商家のそれぞれにつき、

建築学的特徴、用途、そこでの暮らしのあり方、などを豊富な画像等を用いて解説されました。

筆者の理解が間違っていなければ、先生は、これらの武家屋敷、侍屋敷、足軽屋敷、(狭義の町家である)商家、これに(戦前あたりまでに建てられた)近代和風住宅を加えて、これらを総称して「金澤町家」と定義されました。

侍屋敷を合理化した足軽屋敷の様式は、昭和の現代住宅にまで引き継がれたとのことで、そういえば、昭和40年代頃までの家は、本日学んだ下級武士系住宅のなごりが残っていたと思われました。

 

「金沢は歴史に直結した町」という先生の言葉は、金澤町家の持つ、都市型住宅としての利便性、景観的観点からの優美性、がその証し と思われるのでした。

まだまだ残っている金澤町家というものの文化的価値を、戦火を免れた金沢としては、(これをハード面においても、ソフト面においても)大事に継承発展させて行く責務はあるのでしょうね。

 

 

次回は、2月18日(土)「 金沢町家の楽しみ方、活かし方 」(講師:金沢大学 名誉教授 川上 光彦 氏)です。

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