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2015年3月26日

新幹線が人の温かさを連れてやってきた・・・新幹線が人の真心を連れてやってきた

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金沢の街のあちこちに掲示された、新幹線開業を謳うキャッチコピー

 

 

3月21日(土)の 大変感激した出来事。

 

この日は、昨年9月から行っている、当館の催事企画・尾張町商店街 歴史講演会の最終回であった。 屋敷先生の講義の始まる少し前、2日前に来館された、とってもお若い、まだ恋人同士のような「F」さんご夫婦が再び来館された。

「金沢の人はとっても親切で温かくて、街もきれいだし 食べ物も美味しいし…金沢がとっても好きになりました。 また来たいと思います。今から帰りますが、とっても楽しい旅行でした」と当館に挨拶に来られたのである。

このFさんご夫妻というのは、茨城は土浦から来られた若い方で、初めは「学生さんですか??」と私が尋ねたほどであった。 ( ご夫妻と聞いたわけではない。お二人連名でのメールを頂いたので ご夫妻と判断した次第。よってこのブログは、この前提に立って 進めています。)

ご主人は、物静かで、礼儀正しく誠実そうなかた。一方 奥さんのほうは、とっても明るく気さくで、快活なかた。 どちらも とっても感じの良いかた。

金沢のことをひとしきり褒めてくださり、また私には謝意を述べて帰路につかれた。 たいしたお話も差し上げてないのに、丁寧にお礼を言いに来られたのである。

旅の途中、再びお礼に来館されるということは滅多にないことで、かつて当ブログで書いた「青森の女子医学生」のかたの例など わずかしかない。私は大変感激した。心に何とも言えない温かみをおぼえた。

「新幹線が春を連れてやってくる」。「新幹線はホントに春を連れてやってきた」。そして「新幹線は人の温かさをつれてやってきた」と心からそう思った。

 

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お昼を挟んで、屋敷先生の歴史講演会の終盤の頃、満員の館内に一人の若い男性が入って来られた。満員で座るとこもなく 青年はずっと立っていた。当歴史講演会は殆どが年配の人ばかりで彼のような青年は滅多に参加したことはない。何か場違いのような空気をまとっていた。 その若者は凛々しくも真剣に屋敷先生の説明に耳を傾けているようであった。やはり先生の講演を聞きに来たのかな、と思った。 どこかで見たことのある顔だが、にわかに憶い出せなかった。 20~30分ほどして歴史講演会は終了した。

そのときその青年はつかつかと私のほうに歩み寄って来て、「この間はどうも有難うございました。たいへん楽しい旅行となりました。」 「あっ 浅野高校の方ですね」そのタイミングでようやく彼のことを憶い出した。そうだ あの彼(Sクン)だったのだ。 これも2日前のことである。大学生とおぼしき青年が二人尋ねてきた。地図で茶屋街方面の話をしているとき、そのうちの一人が、 「あっ、私の高校と同じ名前だ」と浅野川を指さした。「浅野高校ですね」すかさず私は反応した。 かつて私の所属していた会社の同期にMさんという東京大学工学部大学院卒の人がいて、その人が神奈川県の名門・浅野高校卒だったので私は知っていたのだ。 頭脳明瞭明晰、謙虚、誠実な人だったので私はそのMさんを大いに尊敬していたものだ。 その話をしてからしばらく話が弾んだ。お二人とも早大生とのことだった。

「この間は、就活中みたいなことを話しましたが、実は就職が決まっていてこの春から働きます。ここへも赴任するかもしれません」 各都道府県どこも転勤がありますので、というようなことを彼は言った。 「全国に組織があるなんて、国家公務員か何かですか」 「ええ、そんなようなもので…えっと…NHKです…」 「アナウンサーですか」と私は問い返した。 「いや 記者です」とSクン。 記者と聞いて私は、 NHKニュースウオッチ9 のキャスター大越健介氏を憶い出した。 (現在 大越さんについては、NHKニュースウオッチ9 降板が取りざたされている。魂の投球で東大野球部のマウンドを支えた彼を リアルに知る私としては、彼のニュースキャスターとしてのコメントにも真摯な魂を感ずる。いや この稿ではこの件の話題は避けよう。)

昭和50年代中盤から後半にかけて、東大野球部のエースとして活躍した大越さんのことである。 東京時代のその頃の私は、暇さえあれば神宮球場に日参していて大越さんの活躍は目のあたりにしていた。 今は温厚、柔和な表情になられたがその当時は(確か口髭を蓄え)野武士然としたツラ構えで魂の投球をしていて、弱体東大をしばしば勝利に 導いていた。その大越氏のイメージがダブったのだ。甘いマスクのSクンと、東大時代の野武士の大越さんとは風貌こそ違え、何か共通する 気魄のあることを私は見て取った。

「本当にどうもお世話になりました。どうしてもお礼が言いたくてここに立ち寄りました」そう述べてSクンは立ち去って行った。 私に礼を言うために彼はいつ終わるとも知らない講演会が終わるのを立ったまま(30分も)待っていたのか……私は感謝の意に心が満たされていた。

Sクンには立派な記者になって欲しい、でもイケメンだからアナウンサーにもなって欲しいと勝手なことを思った。

こうして3月21日は暮れた。Fさんご夫妻の再訪、Sクンの再訪、いずれも謝意を述べに来るための再訪、 そんな感激の出来事が2つも重なったこの日……。

「新幹線が春を連れてやってくる」どころではない「新幹線は人の温かさを連れてやってきた」「新幹線は人の真心を連れてやってきた」 。

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